おはようこんにちはこんばんは、江草です。
今日は、ワクチン配分の倫理的課題という頭が痛い難題についてお話します。
期待のワクチン到着の背後に潜む倫理的課題
緊急事態宣言の効果か、ようやくコロナの第3波はピークアウトした印象がありますね。
しかし、このまま根本的な解決策がないと、また気が緩んだ隙に、第4波、第5波と続く懸念が残ります。
そんな中、コロナ禍問題の解決の期待を一身に背負うのがワクチンです。
本日もちょうどワクチンの第一便が日本に到着したという報道があり、医療従事者を中心に期待がますます高まっています。
江草もワクチン接種の希望を既に提出しており、早く打ちたいなと考えている1人です。
しかし、どうも世界規模でワクチンの数に限りがあるようなので、いつになったら自分に回ってくるのか考えると気が遠くなります。
ただ、ワクチンを早く打ちたい個人的な気持ちはある一方で、もし本当にワクチンの数が限られていたとしたら、読影などのデスクワークが中心の放射線科医が積極的にワクチン接種を希望してよいものか、という疑問が正直頭をよぎります。
さらに言えば、日本政府もワクチン確保に躍起になってるところ冷水をかけるようで恐縮ですが、日本が積極的にワクチンを確保してよいかというのも、実はけっこう難しい話と思うのです。
「ワクチン確保できるかどうか」や、「ワクチン忌避が発生しないかどうか」といった議論に比べて、あまり注目度が高くないのですが、密かにけっこう難題なのがこの「ワクチン配分の倫理的課題」です。
日本がワクチンを積極的に確保することは正当化されるか?
このワクチン配分問題については、既にWHOからも警鐘が鳴らされており、いくつか報道も出ています。
テドロス事務局長は、49の富裕国で3900万回以上のワクチンが投与されている一方で、ある貧困国ではわずか25回分の予防接種しか行われていないと指摘した。
新型ウイルスワクチンの公平配分、「壊滅的な失敗」の瀬戸際に=WHO

異例のスピードでワクチンの開発が進み、先進国を中心に接種が進められる一方で、多くの途上国ではワクチンの確保や接種開始のめどはたっておらず、世界の「ワクチン格差」が浮き彫りになっています。
世界の「ワクチン格差」浮き彫りに 途上国ではめどたたず

つまり、先進国が優先してワクチンを確保し、貧困国にワクチンが回る見通しがたっていない状況が懸念されているようです。
確かに、下記のサイトで世界の接種状況を見ると、現時点(2021/02/12)では接種は米国と中国が先行しており、均等とは言えません。

もちろん、まだワクチン接種の普及の初期段階と考えると直ちに不公平とも言えないでしょう。
しかし、逆に言うと「先進国は本当に世界的に公平にワクチンを配分する気があるのか」と疑念を持たれても仕方ない状況でもあります。日本も紛れもない先進国であり、日本政府がワクチンを積極的に確保することについても、倫理的正当性が問われかねません。
実際、過去の新型インフルエンザ騒動の時も、同様の倫理的課題は提起されていたようで、下のサイトにもその痕跡が見受けられます。
政府には自国民を保護する使命があるが、一方で日本は世界の中でも高度の医療体制を備える国でもある。ワクチンをどのような必要性に基づいてどれほど確保するのか、その妥当性については広く国際的視点から考えるべきである。
ワクチン配分の政策と倫理
時を経て再び、そして切実に、私達はこの難題に向き合わねばならなくなったようです。
正当なワクチン配分方法をどう考えるか
では、正当な国際的なワクチン配分の方法はどうあるべきでしょうか。
江草が勝手に思いついたものを並べてみます。
契約優先
まずは、「ワクチン製造を請け負ってる製薬会社との契約に基づいて配分」というものです。
現状は、この形がメインで動いているように思われます。
ただ、この形式は、まさしく政治力や経済力が物を言わせる形式で、だからこそ先進国の横暴につながりかねない懸念が出てるのですよね。
実際には「COVAX」という、途上国にもワクチンを配布するための枠組みがあって、日本もそれに参加しているそうです。そう考えれば一概に日本も配分の平等化に非協力的とは言えません。
しかし、そうは言っても、日本国内に十分にワクチンが回ってない段階で途上国に率先して回すほどその枠組みを優先するかと言えば疑問が残ります。
「余裕がある国が余裕のない国に寄付や援助をする」という形式は、市場原理主義経済のアメリカの「寄付慣習」のロジックに類似していて、実際にはそのやり方では格差は解消してないのが現実なんですよね。
残念ながら本当に身を切って貧困層を助けるほど、利他的にはなれないというのが実情なのでしょう。
感染拡大がヤバい地域優先
他のワクチン配分方法としては、「感染拡大がヤバい地域に優先する」という方法は考えられそうです。
つまり、感染者数が多かったり、感染者数の増加速度が早かったりする、事態が切迫してる地域優先という考え方です。
ほっておくと多数の人命が危険にさらされることを考えると、こうしたリスクが高い地域から優先するというのは、ひとつの理ではあるでしょう。
しかし、なかなかこれも反対意見は出そうです。
特に、自粛を頑張って我慢している自負がある日本人からすると、マスクをちゃんとしてなかったり、遊び回ってたような国の人達にワクチンを優先するなんておかしい、という気持ちから受け入れがたい可能性が高そうです。
感染が多少拡大した方がワクチンが優先されるとなると、逆にあえて感染を拡大させようとする、変なインセンティブを与える可能性もあります。
感染抑制に努力してる地域優先
じゃあ、逆に、「感染の抑制に努力している地域を優先する」のも、一案かもしれません。
自粛を頑張って感染を抑制している地域に、いわばご褒美としてワクチンが配られるわけです。
そうすれば確かに頑張ったものが報われるという意味で、感染抑制のインセンティブも生まれますしいいかもしれません。
ただ、逆に言うと、感染が抑制されてる地域、すなわち感染リスクが少ない地域ばかりにまずワクチンが行き渡るので、努力不足だったかどうかはさておき、感染が蔓延してリスクが高い地域は後回しにされたままになるわけですから、大変な人命的惨事が起きる可能性が否めません。
なんだかこれはこれであまり適切な配分とは言えない印象がありますよね。
とにかく頭が痛い課題
そんなわけで、ワクチンをどう国際的に配分するかというのは非常に頭が痛い課題です。
日本が幸いにして諸外国より感染が比較的抑えられているならば、極論、「せっかく届いたワクチンも他に回すべきではないか」という恐ろしい意見も生じうるのですよね。
ワクチン忌避が以前から批判の対象になっていますが、絶対的なワクチン忌避の是非はさておき、「他の感染リスクが高い貧困国に行き渡ってからでないと私は打たないし、日本人も打つべきでない」という相対的ワクチン忌避主義者が出てきた場合、どう対抗するのか、非常に厄介なことになります。
少なくとも、ワクチンが届いたと無邪気に喜んでいいものかどうか、複雑な心境にならざるを得ないところではあります。
さらに言えば、国内でのワクチン配分の問題もあります。
医療従事者優先は決まっているようですが、先程も挙げたように、じゃあ放射線科医が優先して接種していいのかと疑問を呈されると困るケースも出てくるでしょう。
また、一般の人に行き渡らせるフェイズにも、高齢者が優先か、若年者が優先か、などなど課題が山積です。
こういう問題が起きないように、ワクチンが潤沢にあることを祈るしかないのでしょうが、それももしかすると現実逃避なのかもしれません。
江草は個人的にはワクチンを早く打ちたいのも事実でして、ほんと頭が痛い問題です。
以上です。ご清読ありがとうございました。
※参考図書提示しておきます。(江草もまだ読みかけですが)

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