東京女子医大で医師が大量退職したスクープが話題となっています。

東京女子医大に限らない、全国の大学病院に潜む根深い問題
残念ながら、しばしばこうした医療機関での大量辞職問題が起きますね。往々にして、経営側の態度に疑問符が付くケースが多いです。
今回も、事実上の減給施策を断行しようとした大学側に対して、強い非難の声が多く見られます。
確かに、大学側の落ち度も多いと思いますし、非難されるべきだろうと江草も感じます。
ただ、ここで、この問題を「悪いことをした東京女子医大だけの問題」ととらえることは、医療界に潜む根深い問題を放置するだけになる懸念も覚えます。
今回のスクープもよく読めば、東京女子医大に限らない全国津々浦々の大学病院が秘めた厄介な問題の一端が見えています。
今回の騒動を氷山の一角と重く受け止めて、今後の類似の事態を防ぐためにも、背景に潜む大学病院の問題点については、もっと注目されるべきだろうと思います。
なので、今回は簡単にその問題点をご紹介しますね。
外勤ありきの給与体系
まず一つ目の問題点は、外勤ありきの給与体系です。
ちょっと長いですが、重要箇所を引用します。
ただし、それでは生活を維持できないので、救済措置が用意されている。それは、外部の病院でのアルバイト=「外勤」である。東京女子医大では週1回の研究日が設定されており、その日は「外勤」に当てられていた。
「外勤先の病院は大学の医局が斡旋します。医師の経験にもよりますが、報酬は、1日働いて8万~10万円。医局はスルーして、各医師に報酬は直接支払われます。これで安い給料を補填するのが、長年の慣行となっていました」(東京女子医大・元准教授)
医師のアルバイト料は、他の業種と比べると破格だ。ただし、医療ミスなどで、多額の賠償を医師個人が要求されるケースも増えている。つまり、医師個人がつねにリスクを負いながら仕事をしているのだ。
外勤中の賠償責任保険料は、基本的に各医師の自己負担になる。さらに、学会の会費や医学誌などの費用を合わせると、年間数十万円が自腹になるという。こうした経費を引くと、手元に残る金額はそれほど多くない。
こうした特殊な事情から、研究日の「外勤」は、東京女子医大だけでなく、大半の大学医学部でも認められてきた慣例だった。経営側としてはコストを抑えながら、優秀な医師を確保するための苦肉の策ともいえる
東洋経済オンライン 「スクープ!東京女子医大で医師100人超が退職」
この記事にも明記されてる通り、外勤ありきの給与体系は東京女子医大に限った慣例ではなく、全国の大学病院で見られるものです。
大学病院自体の低水準の給与を補うために[1]その最悪のケースである「無給医」も知られるようになりましたね、高給の外勤があてがわれる仕組みは、医療界では言わずとしれた常識の慣例なのです。
ただ、「中の常識は外の非常識」と言いますか、これは世の中的にはかなり不可思議な慣習です。
ある勤務先で行った労働の対価は、その雇い主が払うのが一般的な労働規範です。それを他の雇い主に堂々と負担させる構造というのは、他にあまり例をみないのではないでしょうか。
類似例としても、キックバックやリベートをもらうような悪徳取引の場面ぐらいでしょう。これだってあくまでコソコソと行うものであって、ここまで堂々と行うのは珍しいと思います。
しかも、この他の雇い主に対して出向契約などの法的関係も結んでないのが普通です。
なので、あくまで医師個人が独自に勝手にバイト先と交渉して働いていることに建前上はなっているのです。
大学医局が堂々と斡旋し、外勤が前提の給与体系になっていながら、特に公的な制度ではないという、医療界ならではのグレーゾーンなシステムとなっています。
大学病院でありながら「研究日」に研究しない(できない)ということ
もう一つの問題点は、「研究日」の扱いです。
先の引用を参照していただくと、「研究日」が外勤に当てられる慣習、と紹介されていますね。
これ、冷静に考えると大変なことですよ。
「研究」、「教育」、「臨床」を三本柱に掲げてる大学病院が、その一角を担う「研究」を「外勤」に費やしちゃってるんですから。
しかもそれも、「報酬」が主目的です。つまり「研究」を控えて、その代わりに「金を稼げ」と大学側が承認しちゃってるわけです。
大学病院と聞くと、多くの一般の方は、研究を頑張っていて最先端の医療を推進してくれている組織だと思ってると思います。
もちろん、確かにそれはそうなんです。
ただ、最近のところ、恐ろしいことにどうも「研究」の立場が脅かされてるんです。
まず、今回のような「お金」のために「研究」が犠牲になるのは一番許されないパターンです。
ですがこれに限らず、他にも「書類仕事の雑用」だったり、人手不足だからと「臨床」に駆り出されたりで、研究時間がどんどん削られていってる現実があります。
金銭的にも時間的にも、研究に専念する余裕がなくなってきてることは、多くの大学の先生方に共通してる悩みだと思います。
特に最近はコロナもあって、てんやわんやです。
この「大学病院にもかかわらず研究の立場が脅かされてる問題」もまた女子医大だけでなく、全国の大学病院に襲いかかってる危機なのです。
今こそ、パンドラの箱を開ける時
さて、今回の女子医大騒動で明るみになった、「研究日に外勤をする」という大学病院の慣習に潜む問題点を簡単に紹介しました。
もちろん、長年の歴史ある慣習ですし、こうした仕組みがあるからこそ、大学病院の経営もなんとか回っていたのも事実でしょう。
個々の医師にとっても、複数の勤務先に触れ、多彩な経験を積めるという実践上のメリットがあることも間違いありません。
ただ、昨今の医療費抑制等々で大学病院の経営はどこも火の車と言われています。
その上、医師の労働時間上限規制の施行が迫っています。
こうなると、今回の女子医大のように「外勤制は建前上の慣習でしかない。仕方ない、止めてしまえ」と強行策に追い詰められる大学病院が今後出ないとも限りません。
というか、出ると思います。
だから、今回の件も、全体的に大学病院が追い詰められる状況下で、一番脆弱だったところにまず最初に穴が空いた――すなわち最もずさんな経営をしていた女子医大に最初の穴が空いた――そう考えるべきではないでしょうか。
この問題を放置したままだと、こうした大量退職騒動が出る度に単純に個々の大学側を非難する声が上がる、その繰り返しです。
大学病院側だって追い詰められている事情がある以上、ただただ大学側への非難に終始するのは、臭いものに蓋をしているだけで、あまり建設的な議論とは言えないのではないでしょうか。
実のところ、現状は医師たちの権利や待遇が保証されてない、正直褒められたものではない非公式制度であるのも確かなのですし、今回の女子医大の騒動をきっかけに一度きれいに大学病院の慣習を総整理すべきと思います。
もちろん、大学病院の慣習というのは、どす黒い色の秘伝のタレでねっとりと粘着したおどろおどろしい姿のパンドラの箱です。
多くの医師はヤバすぎて触ってはいけない代物と本能的に察してます。
でも、いつかは開けないといけないですし、なんなら勝手に爆発してしまう時が来ると思うのですよね。
だから。
いつやるか。
今でしょ。
……なんて、そそのかしつつ、江草自身、実のところ勇気ある誰かが開けてくれる人を待ってるんですけどね。
他人任せです。はい。
だって、そりゃ、ねえ……怖いもの。
と言ってるうちに、時だけがすぎるのですが。
いやはや、厄介な問題です。
以上です。ご清読ありがとうございました。
脚注
↑1 | その最悪のケースである「無給医」も知られるようになりましたね |
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