> [!NOTE] 過去ブログ記事のアーカイブです おはようこんにちはこんばんは、江草です。 今日は、グレッグ・ボグナー、イワオ・ヒロセ著、児玉聡訳の書籍「**誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学**」の感想文です。 [誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学 | グレッグ・ボグナー, イワオ・ヒロセ, 児玉 聡 |本 | 通販 | Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4000612204/) 実は何度か、ブログでも紹介はしていたのですが、ようやく先日読み終えました。 結論から言えば、大変素晴らしい本です。 今年の書籍の中では個人的暫定一位と言っちゃっていいぐらいです。 本書は、「医療資源の配給」という大変な難題の議論に挑むための入門書です。 「限られた医療資源をどう配分するか」というのは現実の社会でもしばしば紛糾するテーマで、「命の選別は許されない」などの批判は誰しも耳にしたことがあるでしょう。 あまりにもナーバスな問題でもあり、実のところ、あまりこの問題に触れないように生きている私たちに対し、本書は冒頭から喝を入れます。 > 本書はかなり挑発的な主張で始まる。それは、希少な医療資源の人為的配分は不可避なだけでなく、倫理的に望ましいという主張である。この主張に少なからぬ読者は驚かれるだろう。 > > (中略) > > にもかかわらず、我々は、誰も議論したくないような問題をあえてオープンに議論すべきだと考える。これには二つの理由がある。第一に、臭いものに蓋をしても臭いものはそこに存在する。つまり、医療資源の人為的配分の決定に関する議論を回避したところで、現実にはどこかで誰かがその決定を行っている。 > > (中略) > > 第二に、医療資源配分の決定は丸く収まることは絶対なく、異なるタイプの患者間の利益の対立を裁定するには明確かつ不偏的な判断基準が示されなければならない。 > > 岩波書店「誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学」p. vi-vii つまり、どうしたって医療資源は有限で、資源配分の決定は不可避であり、その開かれた議論を回避したまま、判断を現場に押し付けるのは、不透明で恣意的な判断がなされ、それこそ非倫理的な状況に陥りかねない、という厳しい指摘です。 これは耳が痛いけれど、確かに重要な問題提起でしょう。 くしくも今、国家間でも国内でもワクチンの配分の問題が沸き起こっています。 「医療資源の配給のあり方」について考えるには好機と言えるのではないでしょうか。 今日なんかも、ちょうどこんなツイートスレッドを見かけました。 > 医療従事者等のワクチンが余っていて、隣町ではまだニーズがある場合に、余りのワクチンを融通できないかとの声も自治体から頂いています。この場合、ワクチンに余裕がある医療機関が、隣町の医療機関を訪問して接種する巡回接種の形でワクチンを有効利用していただく対応が考えられます。 > > — 首相官邸(新型コロナワクチン情報) (@kantei_vaccine) [March 15, 2021](https://twitter.com/kantei_vaccine/status/1371377995999440899?ref_src=twsrc%5Etfw) 「高齢者に接種をする医療従事者が未接種であることは正当化されるか」すなわち「どちらの接種が優先されるか」や、「自治体間のワクチンの融通はどう制御するか」といった現在進行系の課題がありありと浮き彫りになってますね。 入門書とは言え、本書が取り扱う内容は多岐にわたり、充実したものとなっています。 大きなものを挙げると、 * 「利益の最大化」と「公平性」のジレンマ * 「健康をどう測定するか」の問題 * 「費用対効果分析」のメリットとよくある誤解、そして課題 * 障害者差別、年齢差別の問題 * 「多人数の小さな利益」vs「少人数の大きな利益」問題 * 個人の自己責任と社会経済的要因の扱いの問題 など、非常に重要なトピックが目白押しです。 しかも、それぞれの問題がしっかりと深く考察されてますし、現時点での議論の限界も丁寧に提示されます。江草は完全にうならされっぱなしでした。 たとえば「費用対効果分析」については、実のところ江草も単純に「結局患者の命の選別ではあるよね」ぐらいの認識だったのですが、本書ではそうした批判に対しても丁寧に反論されていて、江草は自分の考えの足りなさを反省することになりました。 また、内容が充実しつつも、入門書と銘打ってるだけあって非常に親切で分かりやすい構成になってます。 まず、医療経済や医療倫理の前提知識がなくても読み進められるようになっています。 QALYやDALYやICERなどの費用対効果分析の単語も丁寧に一から説明してくれます。 また、各章の最後には、丁寧にも「その章のまとめ」「議論のための問い」「この章の内容をさらに学びたい人のための読書案内」が置かれ、学びを深めるための工夫と配慮の徹底ぶりに感動させられます。 扱ってる内容が扱ってる内容だけにもちろん容易な本ではありませんが、初学者に対しても敷居を下げた構成は大変素晴らしいと思います。 議論を深められるように置かれた「議論のための問い」の各設問もそれぞれ大変に深く考えさせられるものです。 もちろん、簡単に分かったり、明確な答えがあるような問いはありません。 「議論のための問い」には、たとえば、こんなものがあります。 > 2009年の H 1 N 1型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の世界的流行の際、多くの国では十分な量のワクチンの備蓄がなかった。各国では、様々な患者集団の中で優先順位を付ける必要があった。例えば、英国では、最も高い優先順位が与えられた集団は、①生後6ヶ月から65才までの何らかの基礎疾患を持つ者、②妊婦、③免疫不全の患者と一緒に生活している者、④基礎疾患を持つ65歳超の者、⑤現場の医療従事者であった。しかしながら、健康な子どもに対しては、彼らが主たる「ウイルス伝播者」として広く認識されているにも拘らず、優先順位は与えられなかった。このような政策は正当化できるだろうか。もしできるとすれば、どのように正当化されるだろうか。 > > 岩波書店「誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学」 p232-233 なんだか、最近よく耳にするような問いですよね。(というか、さっき見たような?) 本書の原著の出版は2014年ですから、コロナ以前からこのワクチン配給の問題は議論すべき課題の一つとして存在していたようです。 逆に言えば、現在に至るまで未解決問題でもあるとも言えるかもしれません。 しかし、現にワクチンの配給問題を目の当たりにしている私たちは、もうこの問いから目を背けるわけにはいかないのでしょう。 全般にわたり「医療資源の配給という」非常に重要なテーマを議論されている本書。 どうしたって、そうした判断が実行される現場に居てしまう私たち医療従事者にとっては、避けては通れないテーマです。 ひとりひとりがしっかりとこの問題に向き合い議論を深めるためにも、全医療者必読の書ではないかと感じます。 と、そんな良書のはずなのですが、なんとamazonレビューが1件しかついていません。 レビュー数は売り上げ数と相関すると言われてますので、これは非常に由々しきことです。 もうちょっと注目されてもいいと思うのですけれど。。。 せめて、この感想文が多少なりとも売り上げに貢献したらいいのですが。 以上です。ご清読ありがとうございました。 #バックアップ/江草令ブログ/2021年/3月