『なぜ、脱成長なのか』読んだよ

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『なぜ、脱成長なのか』読みました。

 

なぜ、脱成長なのか 分断・格差・気候変動を乗り越える | ヨルゴス・カリス, スーザン・ポールソン, ジャコモ・ダリサ, フェデリコ・デマリア, 上原 裕美子, 保科 京子, 斎藤 幸平 | ビジネス・経済 | Kindleストア | Amazon
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ヨルゴス・カリス氏ら著者4名の邦訳書。(著者はスペイン在住の方がメインのようです)

著者の方々は失礼ながら存じ上げなかったのですが、『人新世の「資本論」』のヒットで勢いに乗る斎藤幸平氏がオススメしていたので手にとってみました。

といっても、別に斎藤氏のファンではありません。むしろ、斎藤氏の『人新世の「資本論」』が少々クセが強かったのもあって、別の著者による、トレンドの「脱成長」のテーマの本に触れておこうかなと思った次第です。

 

本書は「脱成長論」を一般向けに啓発する意図で書かれており、丁寧で読みやすいです。

とくに、『人新世の「資本論」』のように「マルクス」「マルクス」と出てこないのは、庶民としてはとっつきやすくて嬉しいところです。

本書を読めば、「脱成長」がなぜ必要なのか、どう実現するのか、など基本的な「脱成長論」の主張が押さえられると思います。

ページ数も長くはないですし、入門書として確かに良かった気がします。

 

↓(参考)当ブログの斎藤幸平氏『人新世の「資本論」』感想記事

斎藤幸平著『人新世の「資本論」』読んだよ
環境問題を主戦場とした激しい反資本主義の一冊。 現行資本主義の批判的吟味のために一読に値すると思います。

 

本書が突きつける地球的危機

ただ、読みやすく、主張が分かりやすいとはいえ、本書が警鐘を鳴らす現実はなかなかにハードです。

環境破壊、格差の問題などなど、「資本主義の限界」と「地球的危機」を突きつけてきます。

――有限でしかない地球環境の中で、指数関数的な経済成長が永続するはずはない、だから脱成長するしかない。

定番の論旨ではありますが、実際、困った話ではあるんですよね。

 

現行の資本主義社会も、SDGsやグリーン・ニューディール政策などで、資本主義のやりすぎを抑えようという空気は出してきていますが、そんなもんじゃ間に合わない、というのが「脱成長論」の主張になります。

確かに、成長スピード、すなわち人類が地球環境を喰い進めるスピードを多少緩めたところで、結局着実に喰い進んでいるならただの時間稼ぎにしかならないというのは、厳しい指摘です。

 

こうした危機の警鐘を「オオカミ少年」ととる向きもあるでしょう。

古くから「石油が枯渇するぞ」とか「オゾン層が破壊される」とか「温暖化が進む」と言いながら、なんだかんだ世界は存続してるじゃないか、と。

――だから、きっと今回も大丈夫だろう。

そう思って、多忙な日常に追われるうちに、自分の幸せを追求するうちに、こうした危機のことを忘れてしまう。

実際、江草もそうですし、そう信じたいなとも思います。

 

ただ、残念ながら「今まで大丈夫だったから今回も大丈夫」という主張には正直、合理的な保証はないんですよね。

実際、今まで何十回、何百回と大丈夫だったからといって、次が大丈夫とは限らないのです。

帰納推論の罠、いわゆる「ヒュームの呪い」です。

だから、「今回の危機も大丈夫」と考えるのは、「そう思いたいだけ」の正常性バイアスの可能性はあるのです。

 

 

受け入れがたい「脱成長論」の施策

とはいえ、たとえ現状の危機を受け入れたとしても、本書を始めとした「脱成長論」が提示する解決策は多くの人にとってにわかには受け入れがたいものでしょう。

 

いえ、本書が提示する一部の施策、ベーシックインカムや、ケアインカムの導入、労働時間の削減などは、江草も前々から支持的だったので好意的に受け止めています。

 

ただ、問題は成長を諦めた「定常経済」と、炭素排出量削減ですね。

やっぱりなかなか厳しいなと感じます。

 

共同管理するコミュニティがうまくいく気がしない

たとえば本書では、バルセロナ市の政策を例に、ローカルなコミュニティでのコモンズ(資源を共有する生活システム)の復権を主張されてます。

 

ただ、その必要性は分かるものの、うまくまとまる気がしないというのが本音です。

マンションの管理組合のようなちっぽけなコモンズ組織でさえ揉めることがある世の中で、いかにして喧嘩なく定常的にコミュニティを維持するのか、想像するに途方に暮れてしまいます。

もちろん、著者たちも「難しいし、衝突しながらも実現するもの」と認めてます。

でも、ほんとにガチで難しそうなので、困ったものです。

 

実のところ、色んなところで指摘されてるように、「成長」「拡大」というのは、コミュニティ内の衝突を回避するための方便ではあるのですよね。

その方便を失った瞬間、ドロドロとした人間関係に戻らないといけないのは仕方がないといえば仕方がないのでしょう。

 

なんなら、最悪の場合、ヒエラルキー社会や、男尊女卑社会に戻るんじゃないかという懸念もしてしまいます。

実際、旧ソ連などの共産主義国家の失敗を多くの人がまだ覚えてるわけですから、いつのまにか独裁的なコミュニティになることを防ぐための具体的な方策を「脱成長論」はもっと説得力を持って提示してほしいなあと思います。

 

つらすぎる脱炭素、脱デジタル社会

あと、きついのが脱炭素ですね。

 

成長を諦めた定常経済になっても、Netflixで動画を見たり、ネットゲームでeSportsなり、デジタル社会で楽しんだらいいのかなと、江草も以前は思っていたのですが、残念ながらどうも話はそう簡単でもないようなんですよね。

というのも、本書も指摘の通り、デジタル社会も決して炭素排出的に効率がいいとは言えないのだそうで。

 

考えてみれば、デジタル社会の維持にはサーバーの冷却などなど多大な電力を要します。

最近では、仮想通貨の計算の電力消費も問題になってきてます。

悲しいことに、車や飛行機に乗らず、引きこもってスマホいじってればOKともいかないわけです。

 

いまさらデジタルデバイスの制限もかかる可能性があるとなると、あまりにも辛いので、「脱成長論」をあきらめたくなるのが正直なところです。

もちろん、これは現実逃避なのかもしれません。

ただ、辛すぎると、人は支持しないのは当然ですので、やっぱりこの「心理的拒否反応」を何とかしない限り「脱成長論」支持は伸びないだろうなあと思います。

実現可能かどうかの問題があるものの、テクノロジーを逆に押し進めて、その結果得られる潤沢な資産で脱資本主義を図る『ラグジュアリー・コミュニズム』の方向性の方が、正直大衆受けはしそうですよね。

 

↓(参考)当ブログの『ラグジュアリー・コミュニズム』感想記事

アーロン・バスターニ『ラグジュアリーコミュニズム』書評~みんなで目指す楽観的で魅力的な脱資本主義~
アーロン・バスターニ著『ラグジュアリーコミュニズム』書評です。 少々楽観的すぎるきらいはあるものの、今後社会が目指す方向性としては興味深い提案でした。

 

【余談】放射線科医療は四面楚歌かも

しかし、ちょっと余談ですが、こうした「脱成長論」が強まるトレンドを見ていると、江草も生業にしている放射線科医療はますますピンチだなあと思ってしまいます。

 

もとより、AI技術の加速で、画像診断は自動化されるから放射線科医の未来はないと言われ、皆が戦々恐々としているわけですが、これにさらに「脱成長論」も加わると、まさしく四面楚歌だなあと。

 

なにせ、放射線科医が使うCTやMRIなどの医療機器は、どう考えても電力消費も大きいですし、レアメタルも使ってそうですし、「脱成長論」の説く「定常経済」で許されそうな気がしません。

核医学で使う核種も原子炉使ったりしますし、なんかマズそうですよね。

 

とくに、画像検査は患者さんを直接治療するものでもないですし、優先度が低いとして、「脱成長論」が主流になった社会では、いちはやく「画像検査機器の削減」「画像検査数の抑制」の規制がかかりそうだなあと。

 

加速主義的な「AIの脅威」を仮に乗り越えたとしても、減速主義的な「脱成長論」が襲いかかってくるという。

放射線科医の仕事は好きなだけに、辛い状況です。

 

放射線科医療がある程度栄えながら存続するためには、「修正資本主義」か「ラグジュアリー・コミュニズム」に乗るぐらいしかないように思われますが、これはこれで本当に地球や社会がもつのかは賭けになってしまいそうです。

 

トレンドの「脱成長論」を押さえるためにちょうど良い一冊

ちょっと脱線しつつも、感想を述べてきました。

 

本自体の感想というよりは、「脱成長論」に対する感想のような記事になってしまいましたが、それは本書がちょうどいい「脱成長論」の入門書だからに他なりません。

 

賛否が分かれるのは不可避な主張なので、必ず「脱成長論」を支持しないといけないとは江草も思いません。

実際、江草も半信半疑で態度を決めかねてるところです。

ただ、SDGs等々で地球環境問題がいよいよ切羽詰まってると言われる中、私たちの未来の社会を考える上で、ひとつのトレンドとなってきてる「脱成長論」の主張は、基礎教養として押さえておいてもいいのではないかとは思います。

 

そうした時に、読みやすく分かりやすい本書は選択肢としてちょうどいいのではないでしょうか。

 

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

 

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