「非専門家が自説を述べるな」にひそむ矛盾について

先生のイラストクリティカルシンキング

「非専門家のくせに自説をぶちあげてけしからん。専門家を軽視するな」という意見をよく聞きます。

特に医師アカウントに多い印象です。

このコロナ禍にあり、特に医療と経済の分野で自説を述べる人が増えました。中には極めて妥当性に乏しい論も少なくないですし、こう言いたくなる気持ちは分かります。

 

 

ただ、この「非専門家が専門家を差し置いて自説を述べるな」という言説には矛盾が潜んでいるのです。

なぜなら、この言説そのものが、すでにそれに関する専門家が存在する「専門性の高い議論」の範疇に入っていますし、しかも専門的視点からでさえも懐疑的な声があるからです。

 

 

たとえば、政治哲学者のサンデル氏が、最新の著書で「専門家主導による政治(テクノクラシー)」批判を行っています。

彼らがそうするのは、科学を否定しているからでなく、とりわけ経済の大規模な再構成において、政府が自分たちの利益になる行動をとるとは信じていないからであり、こうした再構成を設計・実施するテクノクラート的エリートを信頼していないからなのだ。

これらの問い[1]ここはサンデルが気候変動の課題について語っている文脈ですは、専門家が答えるべき科学的問題ではない。権力、道徳、権威、信頼にまつわる問題、すなわち、民主社会に生きる市民にとっての問題なのだ。

早川書房 マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か』p165-166
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あるいは、高度専門化社会に対して警鐘を鳴らす人類学者も居ます。

この『サイロ・エフェクト』では、「縦割りの高度専門家社会で専門家がいかに視野狭窄に陥りやすいか」について、具体的事例を交えて丁寧に整理しています。特に、「リーマンショックを経済の専門家たちがなぜ防げなかったか」の描写は圧巻です。

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さらに、科学コミュニケーション論でも、「欠如モデル」批判などを通して、「専門家の独善」に陥らないよう細心の注意が払われてきました。

欠如モデル - Wikipedia

 

 

このように、「専門家が非専門家の意見を退けること」の是非は、以前から専門的な文脈においても議論がある重要なテーマなのです。

ですから、一般の医師が「専門家に意見するな」と強弁する時、こうした専門性の高い議論に「非専門家でしかない医師」が自説を述べているという矛盾に陥っているのです。

 

  

この矛盾を避けるためには、「非専門家の意見もある程度存在を認めない」と仕方がありません[2]なんでもかんでもよいというわけにはなりませんが

そうでないと、「専門家の発信のあり方」について、自分たち自身も口をつぐむしかなくなってしまうのですから。

 

もちろん、世の中のコロナ議論などを見ていると、さすがに専門家視点から見れば質が低い論が多いのも確かで、愚痴りたくもなる気持ちは分かります。

でも、それでも「非専門家のくせに」と乱暴に片付けるのではなく、面倒でも丁寧さと謙虚さを保つのが専門家としての矜持なのだと思います。

つらいですが、仕方ありません。

 

 

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

 

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脚注

脚注
1 ここはサンデルが気候変動の課題について語っている文脈です
2 なんでもかんでもよいというわけにはなりませんが

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