「リベラリスト」が「能力主義」に迎合してしまった思想的変質は、サンデルの新著『実力も運のうち』を始めとして様々なところで指摘されるようになっています。
すなわち、今の「リベラリスト」は女性や人種差別の撤廃を訴える一方で、「能力主義」に基づく新たな形の差別を容認してしまっていると。
差別を容認するのは自由と平等を重んじるリベラリズムとしてはあってはならないことです。
また、そもそもリベラリズムの思想的大家であるロールズも「能力主義」に否定的だったと言います。
ですから確かに、現状の過度に「能力主義」に入れ込む姿は「リベラリズム」としては思想的変質という他ないでしょう。
これはリベラリストを自認する江草としても、頭が痛い現実であります。[1]なお、だからといって、もちろん女性や人種差別の撤廃をすべきでないという意味ではないことは強調しておきます
しかし、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
これは、かの名言「正しいことをしたければ、偉くなれ」の言葉に答えがあるように感じます[2]もともとは往年の人気テレビドラマ『踊る大捜査線』のベテラン刑事和久平八郎のセリフです。
「正しいことをしたければ、偉くなれ」という歴史的な法則
「正しいことをしたければ、偉くなれ」はただの名言というわけではなく、歴史上も実際にそういう法則が見て取れます。
たとえば、産業革命と工業化で庶民の地位が増してきたおかげで、民主主義が正義として採用されるようになったことはよく言われます。
また、『サピエンス全史』で言う「自由主義的な人間至上主義」が、第二次大戦や冷戦を経て生き残った、つまり「力があった」からこそ、私たちの住む自由資本主義社会が実現できているとも言えます。
こうしたことからも、自身の正義をなしたければ「力を持つ」「偉くなる」他ない、というのは歴史に裏打ちされた至言と言えます。
「正しいことをしたければ、偉くなれ」を実践した「リベラリズム」
ならば、リベラリストも「自身の正義」をなす上で偉くなる必要があったはずです。
しかし、偉くなるには、既存の基準の何かにおもねないといけない。
そこでリベラリストに選ばれた基準が、資本主義社会における有力な基準である「能力主義」だったのでしょう。
いわば、「女性差別や人種差別をして真に有能な人物を虐げていたら社会にとっても損ですよ」と。
結果、この「能力主義」に迎合する手法があまりに政治的に有効な戦略であったために、それなりに「リベラリズム」が力を持ち始めた今でも「リベラリスト」は能力主義を手放せなくなっている、緩和できなくなっているのではないでしょうか。
実際、「多様性を重んじた方が社会の生産性が向上するよ」という意見は、しばしば見かけます。
確かに一見リベラルっぽい意見ではあります。
でも、これはよく見ると「リベラリズム」が手段で、経済発展という「資本主義」が目的になってることに注意が必要でしょう。
すなわち、主従関係的には、主が「資本主義」、従が「リベラリズム」になっているのです。
でも、こうした意見こそが、今や「リベラリズム」を体現する言葉として重宝されてしまっています。
「資本主義」「能力主義」に魂を乗っ取られた「リベラリズム」
「リベラリズム」の正義を為すために「資本主義」や「能力主義」を利用していたつもりが、逆に「資本主義」と「能力主義」の正義を為すために「リベラリズム」が利用されている。
いつの間にか主従関係がひっくり返されている。
この主従関係の交代劇、いわば「資本主義」や「能力主義」に魂を乗っ取られた姿が、問題の「リベラルエリートの思想的変質」の正体なのではないでしょうか。
自由と平等を訴えておきながら、その実、「能力的弱者への蔑視あるいは無視」という、「能力主義」による差別的な構造は容認してしまっているわけです。
これではもとより「リベラリズム」に批判的だった人からすると、「リベラルの内部矛盾」として格好の標的となります。
そして、事実、今や批判が殺到している状況となっています。
「リベラリズム」の軌道修正は可能か
こうした内部矛盾が発生している以上、「リベラリスト」も軌道修正が必要な時だと思います。
各所から批判を受けるようになったということは、ある意味「力を持ってきた」わけですから、そこは自信を持っていいでしょう。
ある程度力を持った今だからこそ、それに驕らず、「リベラリズム」の自由と平等の正義のために、「正しいことをしたければ、偉くなれ」の呪縛と闘い、本来の主目的を取り戻すことが、真の「リベラリスト」の役目だと思うのです。
それができなければ、結局、人心が離れて、サンデルの説く「共同体主義」や、斎藤幸平の説く「脱資本主義」への大変革を余儀なくされるかもしれません。
だから今は「リベラリズム」にとって、かなり重要な分水嶺的局面な気がしています。
以上です。ご清読ありがとうございました。
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