身体に近いものからお金をかけろ

ベッドのイラスト医療

おはようこんにちはこんばんは、江草です。

今日はお金をかける優先づけ基準について。

身体に近いものからお金をかけろ

どこで聞いたか忘れてしまったのですが「身体に近いものからお金をかけろ」という言葉があります。

この言葉、江草はほんとそうだなと思っているんですよね。

日用品の例

身体に近いもの。

例えば、日用品では

  • 寝具
  • 肌着
  • メガネ

あたりでしょうか。

このような肌に直接触れるものは、その質の違いも直接的に感じることができるのでなかなかコスパが高いです。

そうでない日用品、カゴとか、ケースとか、基本的に身体に触れながら使うものでないものは、もちろん質が良いにこしたことはないのですが、いつのまにかその質の良さを忘れがちなので、自身の体感上のコスパは悪くなります。

電化製品の例

電化製品でもそうです。

電化製品で身体に近いものと言えば、

  • マウス
  • キーボード
  • ヘッドフォン

あたりでしょうか。

これらは作業中もつねに身体に触れながら使う機器なので、その性能差が体感上如実に感じられます。

対して、ケーブルや、PC内蔵デバイスの細かい性能差は、実感レベルではわかりにくいので、体感コスパとしては悪くなりがちです[1] … Continue reading

これらも同じく質が良いにこしたことはないので、無駄というわけではないですし、最低限の性能はもちろん必要ですが、予算が限られてるのであれば、身体に近いデバイスからの方が効果を実感しやすいでしょう。

医療も実感しやすいものが優先なのでは

つまり「身体に近いものからお金をかけろ」という言葉の意図は「実感しやすいものにお金をかけろ」という、人としての体感、体験を重視した考え方です。

理論上、計測上、統計上、いくら効果があると言われていても[2]もちろん、理論上の証明は大事なことです人の体感レベルで差が感じられないとしたら困りますよね。

江草は医療についても同様の問いを投げかけることはできるのではないかと思います。

実感しやすい医療

例えば、直接的に実感できる医療と言えば、救急医療でしょう。

出血しているのを止める、骨折しているのを固定する、盲腸(虫垂炎)を手術するなど、何をして何が治ったのか、直感的にその意味が分かりやすい治療が多いです。

実感しにくい医療

一方、体感しにくい医療もあります。

例えば、生活習慣病対策です。

減塩をして高血圧対策をするとしましょう。でも、実際に減塩してみたとして、塩分の減少が血圧を下げる様を直接見たり感じたりすることはできないですよね。つまり、自分が行っている減塩が自分の血圧にどういう効果をもたらしているのかを実感することはできません。エビデンスという言わば理論上の効果は示されているのですが、いかんせんその効果を体験することはできないという現実があります。

がんの治療薬もそうでしょう。

がんの治療薬は日進月歩で、時に大きな効果を生む治療薬の登場はあるものの、多くの場合その効果は少しずつの向上です。その向上自体にはもちろん意味はあるのですが、あまりにも少しの差であった場合、「自分の体験としてその効果を実感すること」はやはりできません。「実感」ではその効果を捉えられないので、「より良い薬を使ったのだからきっと効果が出ているに違いない」という「信念」で捉えるしかありません。

間違いなく理論上の効果はあったとしても、それを本人が実感することができないというのは弱点ではないでしょうか。

実感しやすい医療にお金をかけては

生活習慣病も、がんの治療薬も、理論上、効果があるのは否定できませんし、意味がないとも言いません。

ただ、今や医療技術の多くがそうした統計上でしか示せない抽象的な効果に深入りしすぎており、その他方で患者さん自身が実感できる技術が軽視されすぎてはいないでしょうか。

具体的に軽視されてる例を言えば、患者さんとのコミュニケーションです。

ほんとに医療現場は忙しすぎて、患者さんと医療職のコミュニケーションの時間が取れなくなっています。しかも、診療報酬などの予算配分もコミュニケーションにはまるで回ってきません。生存期間延長など統計上で示しやすい成果が出ないからでしょう。

確かに医療コミュニケーションに病気そのものを治す効果はないかもしれませんが、患者さんの体験としてはすごく大きな意義を持つ医療行為なのではないでしょうか。

もちろん、実感しにくい医療を止めろと言っているわけではありませんし、今後も発展を進めていくべきと思います。

ただ、こうした患者さんの体験を重視した医療評価のあり方も求められてるのではと江草は感じるのです。

患者さんに近いものからお金をかけろ

というわけで、冒頭の

「身体に近いものからお金をかけろ」

これを転じて

「患者さんに近いものからお金をかけろ」

と考えてみるのはいかがでしょうか。

けっこう良い標語な気がします。

今日はそんな提案でした。

 

以上です、ご清読ありがとうございました。

脚注

脚注
1 もちろん、CPUやメモリなどの内蔵デバイスの大きな性能差は動作の差として実感できるでしょう。ただ、ハイエンドモデルとセミハイエンドモデルの差などは、ベンチマークスコアでは差が出ても、人間の実感レベルで本当に区別できてるかというと実際には難しいのではという話です
2 もちろん、理論上の証明は大事なことです

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