読影レポートの書き方はもっと広く議論されてほしい

医師たちのイラスト放射線科

おはようこんにちはこんばんは、江草です。

twitterのタイムラインで読影レポートの書き方の話題が盛り上がってたので、今日は、珍しくレポートに関するお話でも。

結論から言うと、「読影レポートの書き方はもっと広く議論されてほしいな」と思ってます。

 

今回の記事を書くきっかけとなったツイートの一つ

 

レポートの書き方の評価は十分?

放射線科医なら誰しも感じてることと思うのですが、読影レポートって人によって千差万別ですよね。

 

短くまとめる人もいれば、ちょっとした短編小説かなと思わせるほどの長いレポートの人もいて。

自由記述の人もいれば、箇条書きでまとめる人もいて。

英単語が頻繁に出てくる人もいれば、記号で記述する人もいて。

 

なんとなく平均的なレポートというのはあるとは言え、まあまあ読影レポートには個性が出ますよね。

 

で、言わずもがなですが、放射線科医にとっては業務の大半を占める作業です。

もちろん、他にも多々大事な業務があるとはいえ、八百屋でいう野菜ぐらいの主力商品であることは間違いないでしょう。

 

ただ、「レポートの書き方」はそんな最も大事な技術のはずなのに、専門医取得の際にもあまり重視されてないんですよね。

 

たとえば、経験症例の幅や数、経験年数は客観的基準を満たしていることが求められますが、「どのようなレポートが書けるか」の評価は指導医に一任されています。

指導医の指導や評価を信頼してないわけではないのですが、そもそも放射線科医の中でもレポートの書き方がマチマチである以上、どれぐらい客観的にその質が担保されてると言えるかは疑問も残ります。

 

また、専門医試験も、知識を問うペーパーテストと口頭試問の構成です。

口頭試問は画像診断の実践的能力を見ているとは言えるのですが、あくまで口頭なので「レポートライティング」ではないんですよね。

だから、「レポートの書き方」の評価とは言い難い面はあると思います。

 

専門医資格取得後はさらに各自思い思いのレポートライティングになっていってる傾向も否めないように思いますし、業界の文化として「レポートの書き方」の評価や議論は十分とは言い難い気がしてしまいます。

 

定番人気の「イメージインタープリテーションセッション」もそれはそれでけっこうなんですけど、もっとレポートの書き方に注目した「イメージレポーティングセッション」もあってもいいんじゃないでしょうか。

たとえば、制限時間内に一斉に読影して、作成された多種多様のレポートに対して、みんなであーだこーだ言うとか。

(まあ、なんか、とっても荒れそうですが)

 

レポートはコミュニケーション

で、専門医取得基準でも感じるのですが、「受け取り側の臨床医の視点がない」のは危険なんじゃないでしょうか。

 

レポートって、報告書なので、その名の通り、「誰かが誰かに報告する文書」です。

だから、送り手から受け手に報告内容を正確に伝える「コミュニケーション」がレポートの基本的な役割のはずです。

すなわち、読影レポートは「送り手側の読影医の所感が受け取り側の臨床医の先生に過不足なく伝わってるか」が大事です。

 

そうなると、受け手の臨床医の視点なくしては、読影レポートの質の評価は不可能ではないかと思うのですが、あまりその点が重視されてる気がしないのです。

 

たとえば、個人的な印象を言うと、英語や略語ばっかりのレポートが、レポートを読む臨床の先生方にとって読みやすいかと言えば必ずしもそうではないのではと思うのです。

専門科の先生にならその分野の用語を略語で書いても分かってくださると思いますが、非専門科の先生に凝った用語を使うとかえって混乱のもとになる可能性もあります。

 

あるいは、「○○疑い」がどれぐらいの重みのニュアンスの「疑い」なのか、読影医によって言葉使いが違いそうです。そのニュアンスがバラバラだと、臨床の先生はだいぶ困るのではないでしょうか。

 

あとは、(+)(-)とか、「認められない」とか、「指摘できません」とか、「明らか~ない」とか。

しばしば、放射線科でも議論になるこれらの言い回しも、どう臨床の先生方に受け止められてるか、学会レベルでもきちっと調べたほうがいいように感じます。

 

一方で、人間が受け取るものなので、統一されたいわゆる「構造化レポート」がいいとは限らないとも思います。

各臨床医の先生の専門分野の差異や好みもあるはずですから、ある程度は読み手個別に合わせるレポーティングは必要なのではないでしょうか。

たとえば、嫌いな文体だったり、冗長なレポートだと、依頼医がちゃんと読んでくれない可能性はあるでしょう。

そういう意味で、レポートの書き方はレポート見落とし問題につながってる可能性もなくはないと思うのです。

ですので、受け取り手の先生の個性を見据えたレポーティングも、放射線科医の腕の見せ所な気がしてます。

 

また、「困ったら依頼医は問い合わせてくるだろう」という発想も注意が必要かなと思います。

もちろん、口頭でのコミュニケーションは必要ですし、大事なことです。

ただ、そのやり取りがそのままだと記録に残らないので、後日レポートを見た時にその内容がすっぽり忘れられる危険性もあるんですよね。

それに、(理想論ではありますが)最初から問い合わせなくて済むように、できるかぎり依頼医が求めてる必要十分な記述がレポートに含まれる方がより良いはずではあるでしょう。

 

ただし、レポートはレコードでもある

ただ、いくら臨床医の視点が大事とは言え、もちろん臨床医に迎合するだけでもダメでしょう。

 

画像診断レポートは、「その時点でその画像検査から何が分かっていて何が分かっていなかったか」という診療の記録でもあるわけです。

つまり、レポートはレポートなだけではなくレコードでもあるのです。

そうすると、臨床医の先生の興味関心があるところだけの記述では不十分ではないでしょうか。

 

いわゆる「陰性所見」を書くか書かないか、というのもよく議論になるところですが、診療の記録であることを考えると、ある程度主だった箇所は記述した方がいいのではないかと個人的には思っています。

もちろん、陰性所見を書けば書くほど、レポートは長くなって、臨床の先生の可読性が悪くなる可能性もあるので、ジレンマがあるところです。

ただ、そんな難しいバランスが求められるところだからこそ、腕の見せ所の一つなのかなとも思うのですよね。

  

なので、私見では、読みやすさに配慮しつつもある程度は所見欄の記述は精密にいって、診断欄に凝縮された臨床医向けのテイクホームメッセージを書くのが、自然なバランスなんじゃないかなと思うのです。 

少なくとも、診断欄に「上記参照」で済ませるレポートはさすがにヤバい、と感じます。

 

 

と、つらつらと勝手な個人的意見を並べましたけれど。

ほんと放射線科医業務の中核を成す重要な技術なのは間違いないのですから、こんな調子で、「レポートの書き方」の議論はもっと重視されてもいいんじゃないかなと思うのです。

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

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