昨日、小説を紹介したので、小説つながりで。
今日は『小説家になって億を稼ごう』という本をご紹介します。
特段、小説家になろうとしてたわけでは全くなかったんですが、書店で見かけた時に、すごいタイトルの本だなあと思って、つい買ってしまったのでした。
出来心です。魔が差したんです。だって、「億」って言われちゃうとね、ほら。
さて、人間、何かをなんとなくやりたいと思いつつも、やる気が出ない時ってあるじゃないですか。
そういう「やる気無さ」って、具体的に何をどれぐらいやればいいかが曖昧だったり、やったことによって得られる効果が不透明だったりするせいだと、自己啓発界隈ではよく言われます。
つまり、「やること」と「未来」が具体的にはっきりしていれば、やる気が出るというわけです。
まあ、そう言われるとそんな気はしますよね。
で、「小説家になること」における、「やること」と「未来」を具体的にはっきり提示しているのが本書なのです。
「どうしたら小説家[1]しかも億を稼げるレベルのになれるのか」「小説家になったらどうなるのか」を現役の売れっ子小説家が懇切丁寧にアドバイスしてくれるのです。ありがてぇっすね。
だからといって単純に「小説家になるため」の指南書として見ると、本書の構成には度肝を抜かれると思います。
まず、小説のアイディアやストーリーの出し方のアドバイスがあります。それはまあ「小説家になるための指南書」ですから当然必要ですよね。
特に、著者の提案する小説づくりのための「想造[2]著者の造語。脳内で物語を作り出す方法」の手法は、素人でも「何をやればいいか分からない」などという疑問が挟めないぐらい、徹底的に具体的で明快です。試しに早速やってみたくなるぐらい面白い手法です。
が、この「小説作りのパート」がわりかし短いのです。
「小説家になるための本」なら普通は小説の書き方をメインに据えるだろうと、つい思うところですが、ところがどっこい、本書は序盤[3]3割いかない程度の分量ですであっさりと「小説作りのパート」を終えてしまいます。
もちろん、具体的で明快な手法を教えてくださってるので、必要十分ではあるのですが。
では、その後、本書が何を説明してるかと言えば、売り込みだったり、校閲だったり、契約書の話だったり、現実世界での営業や事務的な話をされてるんですね。
本書はまごうことなき「小説家になるための本」ですが、分量の大半を使って、「小説を書くこと」よちも「小説を書くことにまつわる周辺実務」を詳説しているのです。
これはとても特徴的な構成ではないでしょうか。
でも、考えてみればたしかに「周辺実務」の具体的な解説こそ大事なことだと思うのです。
「小説家になりたいな」と思っていても、小説家の知り合いがいる人は稀ですし、小説家がどういう仕事をしているかを学校で教わることもありません。
つまり、小説家になりたい人にとって、「小説家の日常」はあまりにも未知な世界です。
そうすると、さきほどの「やる気なし理論」的に、具体的な行動ステップが分からないのと、具体的にどういう生活になるのか分からないために、「小説家になりたいな」という気持ちがくじかれがちです。
だからこそ、本書は「小説家の周辺実務」を詳述することで、「小説家になること」の曖昧さを完璧に解消しようとしているのでしょう。
「やる気を失うこと」を徹底的に防ごうという著者の気持ちが溢れている、非常に合理的な構成なのです。
なので、本書の内容は進むにつれて、どんどんエスカレートしていきます。
本書の50%時点で、読者はもう小説家にデビューしたことになっています。
それで、気づいたら、映画化やアニメ化への対応のコツの解説が始まってます。
最後の章なんて『ベストセラー作家になってから気をつけること』です。
……いやいや、そこまで到達できる人どれぐらいるんですか、ってツッコミたくなりますよね。
でも、そんな「ベストセラーになった後」まで徹底的に具体的に解説するのが本書らしいところなのです。
さて、みなさん、「こんなに丁寧に解説する著者の松岡氏はなんて優しいんだろう」と思われるでしょうか。
もちろん江草も「丁寧さし、優しい」と思いはしますが、それと同時に「なんと厳しい」とも感じました。
なにせ、これって、読んだ人にもう一切の言い訳を許さない構成だからです。
ここまで懇切丁寧に明瞭かつ具体的に小説家になるための行動ステップを記されてしまうと、「やらない言い訳」もできないですし、「うまくいかなかった言い訳」もできないのです。
この本がここまで丁寧でなければ、「デビューのための方法がよくわかんないし」とか「よくわかんない業界だし」、「まだ俺は本気出してないだけ」とか言えたのです。でも、あまりに丁寧すぎる解説のためにそうした言い訳が全て封じられてしまいます。
ただただ、己の「努力不足」「能力不足」が突きつけられてしまう構成です。
残酷です。
でもそれが優しさと言えば優しさなのかもしれません。
おそらくですが、著者の松岡氏は、「小説家になる人が増えて欲しい」という天使の心と同時に、「『小説家になりたい』と言いながら、ダラダラと行動に起こさない人たちを排したい」という鬼の心も隠し持って本書を書かれたのではないでしょうか。
確かに、小説家になるための各行動ステップは明瞭具体的ですが、だからといって決して容易な道のりではありません。
本書では、「このように煮込めば小説ができます。……では、この前もって用意しておいた出来上がった小説を使いまして――」的に、まるで手際のいい料理番組のようにスムーズに解説が進行しますが、現実は「ちゃんと小説につきっきりで煮込まないといけない」わけです。
しかし、こういうさらりと過ぎ去った地味なところにこそ、往々にして、言語化できない大変さがあるものです。
そして、読者もそれには気づいてしまうのです。
「完璧なレシピを用意して、『できない言い訳』は全て封じておいた。さて、この歩むべき道のりを見て、それでも君は小説家になりたいと思うか」という隠された著者のメッセージを前に、本書を読んだ読者は否応なしに本気度が試されることになります。
「なんちゃって」な「小説家ワナビー」はここですぐに脱落するでしょう。
でも本気で「小説家になりたい」と思っている読者なら、著者に丁寧に舗装してもらった道――しかしだからといって易しくはない道――を勇気を出して歩み始めることになるはずです。
やる気のある者の歩を進め、やる気のない者には諦めるきっかけを与える。
なんと、優しく厳しい本でしょうか。
というわけで、本書は、自分が本気で小説家になろうと思ってるか確認できる試金石のような書です。
小説家の世界の一端を覗き見するという意味だけでも十分面白い本ですので、小説家に興味がある方は一読されてもよいかと思います。
以上です。ご清読ありがとうございました。
コメント