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学術界がよく理念に掲げている「人類の知の拡大への貢献」。
理念としては直観的に賛同したいフレーズですが、よくよく考えるとこれはどういう状態なのかとも思わないでもありません。
たとえば、大学の最先端の研究室で研究を行って論文化して、高額な購読料が要る専門誌に載せただけで、人類の知は拡大したと言えるでしょうか。
もっと極端な例から始めた方が分かりやすいかもしれません。
たとえば、江草が今この瞬間「全知」の存在になったとします。えらいこっちゃ。
でも、これだけで人類の知は拡大したと言えるでしょうか。
言えないですよね。
だって、まだ誰にも他人にそれを伝えていないですから。
これでは「江草の知が拡大しただけ」です。
では、他人に伝えることにしましょう。
この江草の無限の知識をnoteの有料マガジン月額1億円で連載開始することにします。無限の知識ですからこれでも安いぐらいですね。
でも知名度ゼロの江草がこんな超高額マガジンを始めたところで怪しすぎて購読者は現れません。
とはいえ、これでも形の上では「他人に知識を伝える」作業はしてはいます。
ただ、これで人類の知が拡大したとは言い難いですよね。
なぜって、実際にその知識が広がる見込みがないですから。
仕方ありません。超大盤振る舞いで月額1000円にディスカウントしましょう。これなら一部の物好きが購読してくれる可能性はありそうです。
お、そうこうしてるうちに購読者が現れました。やりましたね。
しかしマガジンで連載されてる記事はどれも独自の言語「江草語」で書かれており、購読者は全く記事に書いてある内容が理解できませんでした。
購読者たちはみな怒りながら次々と退会していきます。
とはいえ、これでも形の上では「他人が知識に触れた」ことにはなってます。
でも、これで人類の知が拡大したとは言い難いですよね。
なぜって、その知識が他人に理解できる見込みがないですから。
仕方がないので「江草語」はやめて「日本語」で書くことにしましょう。これで少しは人気がでました。良かったですね。
でも、なんということでしょう。
「全知」の無限の知識に触れ「覚醒した」購読者たちが驕り高ぶり、巷で非購読者の人々をバカにするようになりました。
気づいたら世の中は「江草派」「非江草派」で二分され、「非江草派」は「江草の全知はフェイクである」と主張。断固としてその知を受け入れない姿勢を明確にしている有様です。
さて、この状態は人類の知が拡大したと言えるでしょうか。
やっぱりまだ微妙だと思うんですよ。
これだと「購読者の江草派の知が拡大しただけ」ですから。
結局、購読者が非購読者に教え伝え、また教え伝えられた者も他人に教え伝えるというような、人類の隅々まで知識がリレー式に伝播する「浸透力」が「知」には不可欠なのではないかと思うんです。
今まで見てきたように、高くて手に入れるのが難しかったり、説明が理解できない形式だったり、購読者と非購読者に分断されたり、そうした障害があればあるほど、この「浸透力」は阻害されてしまいます。
こうした障害は、「人類の知の拡大」を目指すなら取り払わないといけません。
なお、「知識」が理解されずとも、この「知識」を基にした技術が大衆に便利に活用されていればそれでいいのではという意見もあるかもしれません。
それも一理あると思うのですが、それは「知の効用が人類に拡大している」だけで、「人類の知が拡大している」とは少し違うように思うのです。
で、人類全体に知を浸透させると言っても、もちろん最先端の話が非専門家にわかるはずもなく、そもそも全てのジャンルに個人が興味を持つのは不可能です。
誰も全知になれないのが現実です。
伝言ゲームの常として、残念ながら末端ではその知が変質してしまうのは避けられないでしょう。
でも、だからといって、知識の拡大が専門家たちの中でだけ起きる、いわば「知がクラスター化している」なら、それはやはり「人類の知の拡大」の理想とは程遠い状態なのではないでしょうか。
必ずしも最先端の専門家が一般市民に教えろと言ってるわけではありません。
ただ、人類の連携プレーとして、人類全体に知のネットワークが張り巡らされている状態を目指さないといけないのだと思います。
そのネットワークに、か細いところがあったり、切れているところがあれば、そこはつなぎ直さないといけないでしょう。
最近でこそ発信に力を入れる方も増えてきましたが、現状まだまだ専門家は最先端のフロンティアを押し進めることばかりに注目しており、クラスター間の接続や知の再分配への関心は十分ではないように感じます。
反知性主義も拡大する中、学術界が理念に掲げている「人類の知の拡大への貢献」がただのお題目なだけなのかどうかが、今、問われてると思います。
以上です。ご清読ありがとうございました。
#バックアップ/江草令ブログ/2021年/5月