池田清彦『「現代優生学」の脅威』書評~大事なテーマだけに論が物足りないのが残念~

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池田清彦『「現代優生学」の脅威』読みました。

 

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「やまゆり園事件」、「ALS尊厳死事件」などに象徴されるように、障害や難病を抱えた人を積極的に排除しよう、なんなら生まれないようにしようという空気が高まってきています。

そうした「現代優生学」に警鐘を鳴らすのが本書です。

 

ナチスドイツや日本の優生政策などの歴史的経緯であったり、冒頭の両事件などの時事ネタであったりと、広く豊富な事例を盛り込んで紹介、解説してくれています。

古今東西、優生学に基づく動きが繰り返されてるのを目の当たりにすると、優生学が人類文明にとっての宿痾[1]【しゅくあ】:「長い間治らない病気」の意であるという著者の指摘も頷けます。

 

江草も優生思想には懐疑的なので、「どうしたものかな」と頭を悩ませながら読みました。

 

 

本書は、そうした優生学にまつわる事例のまとめ集として、考えるきっかけに用いるにはよい本です。

ただ、いかんせん全体的な論の粗さには不満も残りました。

 

豊富な事例が載っているといえば聞こえはいいのですけれど、事例が脈絡なくあちらこちらに飛ぶ箇所が多く、論の構造がわかりにくくて困惑しました。

 

そもそもまず本書は肝心の優生思想を批判する論証が総じて丁寧ではありません。 

基本的に「人の命の差別につながるこんなひどい事例がありました」→「人の命の差別につながる優生思想は危険」の繰り返しで、いわゆる結論ありきの論になってしまってます。

 

たとえば、この箇所。

程度の差こそあれ、多くの人が尊厳死を容認し、安楽死も認めつつある中で、私の考えは今や少数派なのかもしれません。それでも私は、「自らの死を自分自身で決める権利はないし、決められるようにすべきでもない」と考えます。だから私は、安楽死も尊厳死も一切認めない立場なのです。

池田清彦『「現代優生学」の脅威』p138

「だから」の前後がほぼ同義なので、主張を繰り返してるだけになっています。

 

このパターンの論の組み立てはそもそも「人の命は平等で、差別してはいけない」と強く思ってない人には前提が共有されず説得力を持たない論証です。いわゆる循環論法です。

 

もちろん、どんな論も掘り下げれば最終的には「ひどい」「恐ろしい」などの人間の直観に頼らないといけない箇所は出てきます。

けれど、本書は事例をいきなり素朴に結論に接続してしまう傾向があるので、さすがに掘り下げが足りないと思います。

個人のTwitterやブログレベルの言説ならまだしも、「優生学の現代的な脅威を論じる」と銘打ってる書なのですから[2]公式サイトやAmazonなどの書籍宣伝文句に入ってます、有言実行でここは丁寧に論じてほしいところです。

 

 

他にも、遺伝子関連技術について「将来の影響が未知だから」として批判している一方で、舌の根も乾かぬうちに感染者差別については「人は未知なものを恐れがち」として批判していたり、ダブルスタンダードになっている箇所もありました。

 

しかし、生物の形質は遺伝子の相互作用や細胞同士の干渉、あるいは後天的な環境要因など、様々な影響によって発現の仕方が変わってくるので、そうした行為がどのような結果になって現れるのかは誰にもわかりません。

池田清彦『「現代優生学」の脅威』 p166

人間は「未知の存在」に直面したとき、対象を隔離・排除することで安心します。チフスのメアリーや新型コロナウイルスの感染者のように、見えている「誰か」を危険な存在だと見なし、排除することで、目に見えない病気の恐怖から逃れようとする心理が働くのです。

池田清彦『「現代優生学」の脅威』p191

 

江草は「人の命は平等で、差別してはいけない」と思ってるので、本書の主張そのものには賛同するのですけれど、だからといって粗いロジックを容認するわけにもいきません。

「現代優生学」に対する危機感は共有しますけれど、この論証の甘さにはさすがに物足りなさを感じました。

大事な問題であるからこそ、なんとなくで語らず、しっかり論じてほしいなと思います。

 

ただ、論は粗いまでも、これは実際「今そこにある問題」なので、手に取りやすく読みやすい新書の形で、「現代優生学の脅威」の問題を概括できる書が出た意義はあるかもしれません。

 

 

 

とはいえ、「物足りない」で終わるのもなんですし、せっかくの機会なので、優生学に関連したオススメ書籍を提示しておきます。

 

本書以上に優生学をもっと「重さの実感を伴った脅威」として痛感したい方には、こちらの児玉真美『殺す親 殺させられる親』がオススメです。

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実際に障害のあるお子さんをお持ちの著者による圧倒的な語りが綴られています。

医療従事者にも耳が痛い話がたくさん出てきます。

 

 

あるいは、優生学をもっと理屈立って論じてる本が読みたい方には、こちらのマイケル・サンデル『完全な人間を目指さなくてもよい理由』はいかがでしょう。

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いわずとしれた政治哲学者マイケル・サンデルが優生学を論じた書です。

実を言うと、サンデルは生命倫理が専門ではないのですが、それでもさすがの実力で丁寧な考察をなされています。

平易な言葉づかいで書かれ、比較的薄い本ですし読みやすいと思います。

 

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

 

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脚注

脚注
1 【しゅくあ】:「長い間治らない病気」の意
2 公式サイトやAmazonなどの書籍宣伝文句に入ってます

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