定額給付金をまた配るべきかどうか問題

お金のやり取りのイラスト経済

コロナは第4波、緊急事態宣言も第3回まで来ているのに、なぜ定額給付金は1回のみで止まっているのか、という議論をしばしば見かけます。

見た感じ、続けて給付すべきか、すべきではないかで、賛否両論入り乱れている印象です。

 

もともと江草はベーシックインカムに支持的なのもあり、給付してみて欲しいなと思うのですが、なかなか難しい問題で、必ず配る方が正しいとも言い切れないのも確かでしょう。

「定額給付金を出す必要はない理由」の分類を軸に一度現時点での論点を簡単に整理してみました。

 

 

「定額給付金にそもそも効果ないよ」説について

定額給付金に反対の理由として「効果がない」という説はよく聞かれます。

実際、昨年の定額給付金の多くが貯蓄に回ったという話もあります。

確かに重要で、議論が必要なポイントです。

ただ、個人的には効果がある可能性も残ってると思うんですよね。

 

限定的な補償制度だけでは「減った感」がでてしまう

「生活のために働くこと」により人の移動や接触はどうしても増えます。

なので生活支援をすることで働く必要性を抑えて、ソーシャルディスタンスを保つ助けにしようというのが給付金の一つの目的です。

すでに定額給付金以外に生活支援制度は色々あるのですけれど、いかんせん現状の給付金は「限定的な補償」のニュアンスが強いんですよね。 

 

たとえば、「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」という制度。

給付金は平時の賃金の8割~6割の額にとどまります。

もともとギリギリのラインの生活をしていた人はこれでは立ち行かないので、働き続けることを選ぶインセンティブが生まれるでしょう。

 

また、たとえこの制度でなんとか生活は維持できる人だったとしても、やっぱり収入が減ってしまうのが計算式から明白なので、個人としては「もらった感」よりも「減った感」の方が強い可能性はあるのではないでしょうか。

 

無条件で与えることで「もらった感」から来る返報性の原理を期待する

「減った感」さえ呼び起こしかねない、「補償」の感覚に基づく「今まで通り~今まで未満のお金の支給」では、「自粛」という忍耐や覚悟が必要な行動変容を促す力には限界があるのように思うのです。

現に、今回は今までで最も感染者数が多い緊急事態であるにもかかわらず、なんとなく危機感が弱く、外出者が多いことも指摘されています。

 

だからこそ、定額給付金のような、あえて「万人への無条件の給付」をすることで、人々に「もらった感」を出す意義はあるのではないでしょうか。

 

実際、「もらった」ことに対して何かお返ししなくてはと感じる、「返報性の原理」と呼ばれる人間心理は侮れないものがあります。

たとえばスーパーやデパートで試食したら、なんとなく買ってあげなきゃいけない気持ちになるでしょう?

 

少なくとも無条件の給付金を出すことで、「お願いしてるばかりではない」というメッセージにはなりえます。

 

前回配っちゃったので、配らないことが逆メッセージになる懸念も

それに、昨年の緊急事態宣言時には定額給付金を配ったのに、今回は配っていないということは、それ自体が「その程度の気持ちなのね」という印象を抱かせるメッセージになりえるという懸念もあります。

特に、現在同時進行で政府がオリンピックやら何やら他のことに対しては大盤振る舞いしてる姿を見せつけてるところなので、「前回は配ったけど今回は配らない」と思わせることは、「効果なし」を通り越して「逆効果」になりかねないのではないでしょうか。

中途半端にやるのが一番まずい可能性はあるでしょう。

 

 

 

 

「定額給付金に効果はあるとしても実施できないよ」説について

「効果がないよ」説に続いて、「定額給付金に効果はあるとしても実施できないよ」と主張する給付金反対論も有力です。

これも議論が白熱するポイントですね。

 

「財源ないよ」説について

最もポピュラーな「実施できないよ」の理由は、「財源がない」です。

これに対して、給付金賛成派が「国債でなんとかしろ」との反論するのがよくある展開です。

 

で、この「国債でまかなえ論」に対して、「MMTは間違ってる」「インフレになる」とすぐ再反論が来がちなのですが、こと緊急事態下においてはこの批判は当たらないのではないかと思うのです。

 

あくまで今回の話は「緊急事態だから財政赤字になってでも配る」というストーリーのわけなので、必ずしも「MMTの公式採用」とは言えないでしょう。

MMTは「平時でも財政赤字は重要な因子ではない」とする派閥なので、今回のように「緊急事態だから」という理由付きで給付金を実施する場合は意味合いが変わると思うのです。[1]あとMMT派はそもそも意外とベーシックインカムに否定的だったりします

だから、今回の緊急事態下での積極的給付は、せいぜい「財政積極策」の範疇ではないでしょうか。

 

 

また、「定額給付するとインフレになる」という反論も、確かにそのリスクはあるかもしれないのですけれど、今という「緊急事態」をまずは乗り越えないことには、未来の心配をしても仕方ないのではないでしょうか。[2]ここではあくまで「定額給付金に効果がある」という前提があることに注意してください

 

火事になったらまずは身の安全を図るのが第一で、先々の心配をするばかり家財を持ち出そうとして焼け死んだら元も子もないですよね。

現に第4波が全然押さえきれなくて、過去一番の大火になりそうな状況です。

そこで「財政が」「インフレが」と言ってる場合なのかという疑問は残ります。

 

なお、お金を配る話をするとすぐに「セットで増税の話をしないと」と言い出す人もいるのですが、それだと「配ったことにならない」と思うのですよね。 

人に「何かをあげる時」に「すぐ返してもらうからね」と言う人はいるでしょうか。

そんなの、もらった人も「え?プレゼントじゃないの?」と困惑するのは必至です。

これじゃあ、全然あげたことになりませんよね。 

もう「あげる」と決めたら、太っ腹に、回収の話などという野暮なことはしないのが大事だと思うのです。

 

「行政に配る能力がない」説について

あと、財源はさておき、「行政に配る能力がない」という可能性もあります。

 

実際前回の給付金の時もドタバタでしたしね。

申請方法もアナログ感が否めなかったですし。

行政としてもあんなのはもうこりごりというのも分からなくもありません。

 

しかし、医療界が各所から「この一年何してたんだ」と怒られているのと同様に、それこそこうした「給付のシステム」もこの一年で整備を進めるべきことだったようにも思うのですよね。

もちろん、医療界と同じで、「整備に一年では足りない」というのも現実なのでしょうけれど、そもそも整備する動きが行われていたのか、気になるところです。

 

 

まとめ

というわけで、もちろん確たる結論などは出るはずもない議論ですが、一応ざっと整理してみました。

 

あくまで個人的な意見になりますが、総合的な所感を述べてまとめにします。

 

振り返ってみても、定額給付金に異論反論があるのは当然です。実践的課題も多いのも確かでしょう。

ただ、もはや過去最悪の危機的状況の第4波を見ていると、何もしないわけにもいかないのではないかと思うのですよね。

この状況下で、効果がありうる「定額給付金」に期待が集まるのは仕方がないところではないでしょうか。

 

非常にまずい緊急事態だからこそ、むしろこれを奇貨として、定額給付金をベーシックインカムのシミュレーションとして試すきっかけにちょうどいいのではと、江草はつい思ってしまうのです。

平時にベーシックインカム始めちゃうと、「分かりやすい始めた理由」がないだけにやめにくいので、「緊急事態だから」と言える現状はかえってメリットになりえます。

継続的に個人にお金を配ると何が起こるのか、どんな行動変容が起きるのか、よい社会実験になると思うのです。

ワラをもすがる状況なので、本当に効果があれば当然御の字なのですし。

 

「実験なんて」と言われるかもしれないですけれど、研究室での実験みたいに対照(コントロール)を用意することができない社会施策は、ある程度、「えいやっ」と実行してみないと分からないのも現実なのですよね。

一度配っただけで終わるよりは――というより一度配ってしまったのだから、逆にこの緊急事態を利用するぐらいの気持ちで、せっかくなので定額給付を続けてやってみてもいいと思うのです。

 

つまるところ、これはギャンブルなのですけど、一か八かのギャンブルに賭けないといけないぐらい追い込まれてる緊急事態であることに私たちは自覚的であるべきでしょう。

 

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

 

脚注

脚注
1 あとMMT派はそもそも意外とベーシックインカムに否定的だったりします
2 ここではあくまで「定額給付金に効果がある」という前提があることに注意してください

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