これから若者たちが医学部に行くのはオススメできない理由

医師たちのイラスト医療

おはようこんにちはこんばんは、江草です。

 

今日は、「これから若者たちが医学部に行くのはオススメできない理由」について長々と語ります。

 

こんな話をすると多くの方々に不謹慎と怒られてしまうかもしれません。

そのお気持ちはごもっともです。

 

しかし、昨今の情勢から、現実として直視しなければならない医師の働き方の問題が浮かび上がってきているのは間違いありません。

これから医師を目指す優秀な若者たちに、医療界の先輩たる私たちは「問題は問題として提示する責任」があるのではないでしょうか。

 

重要なテーマであるのは承知しておりますので、江草も本稿において、できる限り誠実な問題提起であるよう努めます。

 

  

これから医師を志す者が注意すべき「規制強化リスク」

まず最初に強調しておきますが、本稿では「医学部に行くのはオススメできない」と主張するものの、医学や医療自体の奥深さや、面白さ、そしてその意義を否定するものではありません。

医学や医療は、人類社会において不可欠な価値を供給していることには疑いはないでしょう。

もちろん、現在医療界で働いてる仲間たちの努力や熱意も尊敬に値するもので、全くもって医療従事者の頑張りを批判する意図はありません。

 

しかし、それでも、これから若者たちが日本で医師となることを望み医学部に進学しようとするのなら、かなり慎重に考えた上で決めた方が良いのでは、と江草は思うのです。

 

 

今後働く場所、診療科の制限がかかりそう

医学部をオススメできない一番明確で具体的な理由は日本専門医機構の動向です。

この動向を見るに、今後医師は働く場所や診療科を選ぶ自由が制限されることが予想されます。

 

現役の医師各位は周知の通り、日本専門医機構は専門医制度の整備にかこつけて、本音では医師の偏在問題を解消しようとしています。

 

まず現状すでに専門医制度では、シーリングという各地域ごとの上限人数を既定する規定により、専門医を取得するまでの「専攻医」と呼ばれる時期に働く場所の自由が制限されています。[1]【参考】厚労省pdf資料:https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000589738.pdf

シーリング制度では、人気がある大都市圏での専攻医の人数を抑え、地方への専攻医の赴任を促すねらいがあります。このことは、上に付記した厚労省資料の中の「シーリング対象となった5都府県において、必ずしも専攻医の集中が改善されていないことが示唆される」という文言からも明らかです[2]ここでいう5都府県とは東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、福岡県を指しています

 

シーリング制度の意義や正当性の議論はひとまず置いておくとしても、少なくとも医師の働く場所の自由を制限するためのシステムであることは疑いがないでしょう。

 

また、これに加え、最近では専門医更新の際の地域医療従事の必須化が提示されてきています。これも近い将来、正式な専門医制度の一環として導入される可能性が高いと言えます。

 

専門医の更新制度、医師不足地域での1年間勤務を要請へ  専門医機構 | MEDIFAX web(メディファクス ウェブ) - 医療の総合情報サイト
取材に答える寺本理事長  日本専門医機構は、機構認定の専門医の質確保に向けて実施する更新時審査で、医師不足地域での1年間の勤務を求める制度設計の検討に入った。更新時審査はe-ラー…

 

有志によるm3という医師専門サイトの記事のキャプチャツイート

 

さらに加えて言えば、現時点での最新情報として、「診療科偏在の問題に手をつけなければいけないと、今、感じています」という専門医機構トップのインタビューも出てきています。

有志によるm3という医師専門サイトの記事のキャプチャツイート

 

これらの動きの是非についても、ここでは論じません。

しかし、こうした動きを見ていると、今後医師の働く場所や診療科を選択する自由がますます制限されようとしてることは間違いないと言えるのではないでしょうか。 

 

また、注意すべき点として、これらの規制は既存の中堅以上の医師には適応されず、専門医未満の若手医師から適応する傾向があることです。

おそらく安易に全医師に規制を適応すると、さすがに批判が専門医機構に殺到すると見込まれるために、「これから専門医になる医師が対象だ」とすることで批判を避けるねらいがあると思われます。

まさしく「分割して統治せよ」を地で行く戦略です。

 

有志によるm3という医師専門サイトの記事のキャプチャツイート

 

これは要するに、これから一人前の医師になろうとする者たち――これは当然「これから医学部に入ろうとする若者たち」を含むわけですが――からは文句が出ないだろうから、こっそり犠牲になってもらおうという小狡いねらいがあると言わざるを得ません。

 

この傾向が続くのであれば、今から医学部に入ろうとする若い皆さんからすれば、卒業までの6年間や研修医、専攻医を含めた数年間の間に、さらに機構が「専門医未満の方にこうした要件を課そう」などと言い出して、もっともっと新たな規制が増えている可能性さえあります。 

 

さらに言えば、現在は比較的若い世代の医師を対象とした規制ではありますが、最悪の場合には、今後全世代の医師の働き方にも規制がかかっていく可能性も否定はできないでしょう。

 

いずれにせよ、医学部進学を考えるにあたっては、医師としての人生設計を大きく左右しかねない、こうした専門医機構の動向については注意しておく必要はあると言えるでしょう。

 

 

働く場所の自由が制限されると

では、働く場所の自由が制限されるとして、実際のところ何が困るのでしょうか。

それがイメージできないと、「別にいいじゃない」となるかもしれませんよね。

特にこれから大学受験を考えるような若者たちにとっては、働き方に関する問題点というのはイメージしにくいところかと思います。

 

たとえば、現代では共働きが当たり前になってきていますが、そうした共働き夫妻では働く場所の選択というのは死活問題です。

パートナーの職場が都心なのに、医師の自分が専門医制度の影響で地方勤務を余儀なくされることを考えてみてください。

単身赴任で済めばよいですが、育児などの他の家庭要因が伴うと急に家庭が破綻するリスクがありますし、やはり気持ちの上でも夫妻の別居は理想の状態とは言えないのではないでしょうか。

 

また、問題は既婚者や育児・介護を要する者にも限りません。

どこで働いて、どこに住むか、というのは、個人の人生の自己決定において重要な要素です。

パートナーうんぬんをさしおいても、住環境の好みがある、親しい友人や知人が近い方がいい、親戚が近い方がいい、その地域でないとできない活動をしたい、この地域固有の特色や文化が好き、など「どこに住むか」というのは誰しもこだわりたいポイントの一つでしょう。

その中で、働く場所の自由の制限がつく、というのは個人の人生設計においてデメリットであることには違いありません。

 

現に、医療以外の業界でも、転勤制度がある企業は忌避されるようになってきており、働く場所の自由の制限が時代のニーズにそぐわなくなってきていることは間違いないと思われます。

こうした昨今のトレンドから見れば、若い世代の方々においては、働く場所や住む場所は今後ますます人生の重要な要素になってくる可能性があります。

ですから、むしろ逆に、働く場所の制限が強化されるおそれがある医師という職業を選ぶべきかどうかは慎重に考える必要があるでしょう。

 

もっとも、知らない地域や環境に飛び込んでみることには、視野が広まるメリットがあります。

状況が許すならば、思い切って行ってみるのは必ずしも悪い話ではありません。

なんなら、江草もそういう環境を変える「ジャンプ」は人生経験としてオススメしたいぐらいです。

 

しかし、こうした一律の規制の問題点は「状況が許さない者」や「最終的に決まった場所に納得できない者」にも影響が及ぶ点があります。

「不本意でも従わなくてはいけない可能性がある」というのは、やはり事前に認識しておくべきリスクです。 

 

また、さきほどもチラと述べましたが、制度の今後の動向によっては、最悪、一過性の話でなく永続的に働く場所が規制されるなんてこともありえるかもしれません。

そう考えると、「人生経験として遠くに行ってみる」で済まず、「そのまま帰ってこれない」という重い覚悟も必要かもしれません。

 

 

診療科の選択の自由が制限されると

また、診療科の選択の自由の制限のデメリットについてはどうでしょうか。

 

まず考えられるのは、自分が医師になりたいと思ったきっかけと違う科になるリスクです。

 

たとえば、ブラックジャックにあこがれて手術が上手い医師になろうと思って医学部を志したのに、外科医の枠がいっぱいで、夢が潰えることはありえるでしょう。

もっとも、これに関しては、一般企業でも「希望の部署に配属されなかった」という不満は聞きますので、医師特有の問題ではないとも言えます。

しかし、今までは比較的自由に診療科が選ぶことができていたのが、今後選べなくなるリスクがあるとするならば、それはやはり間違いなくデメリットではありますし、医学部を志すにあたって状況認識をアップデートしておくべき事項になるでしょう。

 

また、診療科選択の自由の制限によって間接的に懸念されるのは、不人気科の労働環境や待遇の改善が進まなくなることです。

 

結局、不人気科というのは多かれ少なかれ何かしらの問題を有していたからこそ不人気であったわけです。

不人気科の希望者が少ないことに関しては、まずその不人気の理由を分析して、労働環境や待遇を見直そうというのが定石でしょう。

 

しかし、診療科の選択を制限することによって、無理やり人員を補充することができるようになればどうなるでしょう。

管理側からすれば、人員が足りた以上、労働環境や待遇の見直しを図るインセンティブがなくなるので、そのまま問題が放置されたままになるおそれがあります。

 

自身として第一希望で、かつ、労働環境や待遇も申し分ない科を勝ち取れるなら良いでしょう。

しかし、不本意にも自身の希望でない上に、待遇の悪い科に行かざるを得なくなった場合、心身ともにつらい目に合うおそれはあります。

そのリスクは医学部受験前に留意しておくべきでしょう。

 

 

医療界の保守的な文化

ここまでで指摘した専門医機構の動向は比較的具体的で明確な問題でした。

しかし、医療界にはそれに加えて注意すべき、より抽象的な問題もあります。

それは「医療界の保守的な文化」です。

 

働き方改革がとても追いついてない医療界

まず、昨今ではどの業界でも注目されるテーマとなった「働き方改革」ですが、医療界ではどうにも十分とは言えない状況です。

 

たとえば、しばしば報道でも騒がれるようになった「無給医問題」。

大学院生に給料を払わずに大学病院で働かせる慣習です。

もちろん法的に問題があるのですが、未だに業界内に残っており社会問題となっています。

 

なぜタダで働くのか?「無給医」たちの現実 〜医師の視点〜(中山祐次郎) - 個人 - Yahoo!ニュース
先日、NHKのニュースウォッチ9で「無給医」についての放送があり、話題になりました。無給医とは、給料ゼロで働く医者のことです。無給医の実態と問題点を医師の立場から解説し、問題の本質に迫ります。

 

背景には「封建制」とも称される医療界のヒエラルキー体質が指摘されています。

言わば、専門医や学位を取らせてあげるから、その分、御礼奉公をするのは当たり前ということです。

 

もちろん、若手の指導というのは大変な労力がかかるものですし、その分指導を受けた側もコミュニティに貢献せよという理屈は分からないでもありません。

実際、マンパワーが限られている中で山積みとなった診療や雑用も、誰かがやらねばならないことでしょう。

 

しかし、問題なのは、そうした返報性の原理にかこつけて、法的にグレーな行為であったり、「無給医」のような違法な行為まで若手に求める慣習が残っていることです。

実際に「借りがある」としても、法的に問題がある行為で返させようとするのは、決して許されざることでしょう。

 

事実上、上からの指示で「奉公」しているにもかかわらず、建前上は「本人の自由意思扱い」とされるという欺瞞に満ちた脱法状態も放置されています。

自分としては指示に従っただけなのに「自由意思で行ったこと」とされてしまうので、法的に十分に守られないことがしばしばあるのです。

 

たとえば、これはいわゆる「医局人事」が「自己都合退職」とされて退職金が減じてしまったケースの報告です。

 

【識者の眼】「医局人事による退職は、自己都合退職か退職勧奨による退職か」荒木優子|Web医事新報|日本医事新報社
【識者の眼】「医局人事による退職は、自己都合退職か退職勧奨による退職か」荒木優子

 

やはりこれは理不尽な話ではないでしょうか。

 

  

他にも様々な「働き方」の問題はありますが、長くなるのでこの辺にしておきます。

 

少なくとも、医療界の現状は、世の中で言われている「働き方改革」の理想とは程遠い空気があることは否めないと思います。

 

組織の構造も、昨今の世の中では「ティール組織」などの新しい組織形態の提案まで出てきています[3]ただし、ティール組織が必ずしも医療界に向いてるとは思いませんが

そんな時代に、本当にこうした保守的な「封建社会」の中で自分が働きたいかというのは、医学部進学の前には一度自問自答しておくのは良いのではないでしょうか。

 

医療界に残る差別の問題

また、もうひとつの医療界の保守的な体質の象徴として「差別の問題」があります。

 

皆さんも、医学部入試の女性や既卒者への差別問題は記憶に新しいかもしれません。

 

医学部の女性差別は終わっていない 不正認めない大学、解決する気ない文科省 <寄稿>井戸まさえさん:東京新聞 TOKYO Web
二〇一八年、文部科学省の現役局長がわが子を東京医科大学に裏口入学させ、受託収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。その事件がきっかけで、...
衝撃の結末が話題 無名ラッパーが投稿したYouTube動画が異例の48万再生、投稿者と大学側を取材
「これが音楽じゃないなら、何を音楽と思えばいいのか」と口コミから話題に。

 

公平公正であるべき医学部入試において女性や多浪生に対して、減点処置がなされていたという恐ろしい事実で、一般メディアでも大きく報じられました。

この事件を受けて入試点数の問題については今後は改善される可能性はあるものの、医療界にいまだ残る差別体質を象徴した事例として重く受け止めるべきでしょう。

 

実際のところ、医療界における医師ジェンダーへの偏見は正直根深いものがあります。

 

たとえば、共働き医師夫妻が出産や育児に臨む際、まず仕事の抑制を打診されるのは女性医師の側で、男性医師の側はそのまま仕事を続ける前提で話が進むのが普通です。男性医師のちゃんとした育児休業取得なんて、極めて稀な状況です。

また、医師夫妻の場合なら相手側の医局への配慮があるのでまだしも、女性の側が非医師の職種であった場合は、よりその「女性側に仕事の抑制を求める」無言の圧力が強くなる印象があります。

 

どうも医療界には「専業主婦型モデル」への執着がまだ強く、昨今のジェンダー観にはついていけてないのが現状です。

 

最近でも、外科学会の公式PVが「昭和的すぎる」として批判の声が多く聞かれました。

 

日本外科学会の公式PVが昭和的価値観の残念クオリティと話題に
追加分のツイートをまとめて更新しました

 

例によって、これらの細かい是非の議論についてはさておきますが、少なくとも、これから医学部進学を考える若者たちとしては、医療界がこうした旧来のジェンダー観に基づく差別体質が残っている保守的な業界であることは事実として認識する必要があるのではないでしょうか。

 

昔よりは改善してると言えど

こういう話をすると、「今では研修医も給料が確保されて勤務時間も守られるようになっているし、昔よりは大分良くなってる」と言われるかもしれません。

女性医師の扱いに関しても、各所で女性医師の働き方を考える企画は見聞きしますし、業界内でも改善しようという意気込みは認められます。

ですから、確かに、医療界も昔よりは改善しているというのは事実ではあると思います。

 

ただ、それでも、医療界のそうした改革は残念ながら亀の歩みのごとく遅く、個人的には最も進んだ業界と比べると5年遅れ、いや、悪く見れば10年遅れぐらいではないかと思うんですよね。

 

実際、国を挙げての「働き方改革」の一環として、時間外労働時間の上限の規制がはじまっていますが、医師だけその施行が特別に5年間延期されています。 

 

4月施行の改正労働基準法により、一般労働者では時間外労働上限が休日労働込みでも「年960時間」に規制され、違反した使用者には罰則が科される。医師については上限規制の適用が2024年4月まで猶予されている。

NEWS 【医師の時間外労働規制】暫定特例上限は「年1860時間」で決着─行政・医療界、5年で労働時間短縮へ総力

 

しかも、この延期された期限にさえも医療現場の対応が間に合うかどうか危ぶむ声も多く、とても医療界が「働き方改革が進んだ」とは言えない状況ではないかと思います。

 

「医療界が昔よりは改善した」のはそうかもしれませんが、他の業界だって当然その間に改善しているのです。

 

ですから、その「程度」の議論はあれど、医療界が総合的に見て未だ現状「保守的な業界」であることには違いないと言えるでしょう。

こうした現実はこれからの進路を考える若者たちにはちゃんと提示せねばならないのではないでしょうか。

 

 

VUCA時代に、医師という固定的なキャリアコースを選ぶ覚悟

さて、もう一つ医学部進学を決めるにあたって考えておきたい問題は、医学部が人生のキャリアコースを決定する年齢が早い業界の一つであることです。

世の中が変化が激しい、いわゆる「VUCA時代」に突入したことと、昨今の新専門医制度の厳格な修練コースの整備によって、この問題を考える重要度はますます増しています。

 

17、8歳での進路選択が30代まで及ぶ

医学部進学を決意する年齢は多くの場合、17、8歳といったところでしょう。

しかし、医学部進学を決意した途端、その決定には、ほぼほぼ既定路線として30代までの自分のキャリアコースをも定めることを含意していることに注意が必要です。

たとえば、医学部卒業、初期臨床研修、専攻医期間を経て専門医取得、博士課程で学位取得、などと一般的なキャリアコースを辿るとすれば、最短で達成しても30代半ばに差し掛かっています。

少なくとも現状では「専門医ぐらいは取って当たり前」の空気がありますので、一人前とみなされるまでにはどうしても30代まではかかってしまうのです。

また、新専門医制度が専門医取得要件の厳格化を進めたことで、キャリアコースの柔軟性も失われています。

つまり、17,8歳時点での自分の選択が、人生で一番脂がのってる黄金時代とも言える20代~30代前半のキャリアコースを固定するのです。

考えてみると、なかなかの一大決定ではないでしょうか。

 

世の中は先が見えないVUCA時代に

もちろん、若いうちに生涯のキャリアを決定することは、多くの職人肌の職業では珍しくはないことではあります。

しかし、一方で、今や世の中が先が見えにくく変化が激しい「VUCA時代」に突入していることも念頭に置く必要はあるのではないでしょうか。

 

VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、要は「変動が激しく先が見えないカオスな状態」ぐらいにとらえてしまってよいと思います。

たとえば、スマホがここまで普及して、YouTuberが億万長者になり、UberEatsが街を駆け巡り、トヨタがテスラの後塵を拝しつつあるなど、一昔前には予想もつかなかったですよね。

 

このような変化の激しいVUCA時代には、個々人も臨機応変に柔軟なキャリアを歩むことが一つ有力な戦略とされています。 

ですから、「副業だ」「複業だ」「転職だ」「起業だ」「遠隔だ」などと、VUCA時代に呼応するように多様な働き方が生まれてきている中で、本当にいきなり固定的なキャリアコースに飛び込んでいいのかは、一考すべきことのように思われます。

 

なんなら、江草も属する放射線科業界だって、いつAI画像診断に取って代わられるかと戦々恐々としている状態です。

自分が苦労しながら10年以上の時間をかけて専門修練を終えたときに、その専門知識や技術が時代遅れになってるなんて笑い話にもなりません。

 

それでも君は医学部に人生を賭けるのか

結局のところ、時が経てば、人は変わるし、人間関係も変わるし、世の中も変わります。

そんな若さで人生設計を決定すること自体が無茶ではあるのです。

 

未成年の自己決定については、たとえば結婚であれば皆かなり慎重なはずです。

でも、人生のキャリアコース、特に20,30代のプランニングだって、結婚と同じぐらい重要性が高い決定の一つではないでしょうか。 

にもかかわらず、多くが未成年でありながら、医師という比較的半強制的で固定的なキャリアコースを歩むことへの覚悟が、医学部進学を決意する若者たちには求められてしまうのです。

 

もちろん、現実には、医学部を中退することも、医学部を卒業しながら医師にならないことも、専門医を取らないことも、学位を取らないことも可能です。

しかし、なかなかどうして医師という職種は、いざ王道コースを外れようとすると「自分で選んだ道だろ」「無責任だ」「ドロッポ医」などという批判や嘲笑が付きまとう恐ろしい職種でもあります。

特に、家族や親戚など、医療界の内情を知らない者からすると、「辞めるなんてもったいない」と言われること必至です。

なんなら、「国の税金で医師になったくせに」という、正直あまり根拠や妥当性に乏しい、あらぬ批判だって受けかねません。

それに、医学部に進学しながら医師でない道にキャリアを変更する者というのは珍しいので、もし医師キャリアの途中で一念発起して他業界を志したとしても、上手く自己PRできなければ、「何か人格や能力的に問題があるのでは」と色眼鏡を通して見られてしまうことは間違いないでしょう。

ですから、万が一医学部や医療界が合わなかったとなった時に、キャリア変更にはかなりの障壁に打ち克つ必要があることは念頭には置いておいた方がいいと思うのです。

 

 

それだけ重要な人生の重い決定を、未成年の時期に早々と行うのが「医学部に進む」という選択です。

親などの人任せにしたって、その結果は結局自分で引き受けることになります。

 

それでも君は医学部に人生を賭けるのか。

 

十分に考えて覚悟をもって決定してください。

 

 

想定される批判への回答

念のため、いくつか想定される批判への回答も置いておきます。

 

今後、医師の働き方の環境が改善される可能性はあるのでは

もちろん、今回の専門医機構の動きにも批判の声は多いですし、医療界でも働き方改革を進めようという動きは出てきています。

しかし、今までも批判の声がありながらも着実に専門医機構はその規制の歩みを進めてますし、医療界の働き方改革もやはり進捗が遅い業界の一つと言わざるを得ません。

なにか一発逆転ホームランの改革があって、急に上で挙げたような問題点が解消される可能性はゼロではないですが、むしろ逆行する機運すら高まっている今、それに期待するのは楽観的すぎる気がします。

少なくとも、医学部進学には悲観的なシナリオも十分考えた上での慎重な判断が必要にはなるでしょう。

 

優秀な人材が医師にならなくなったら患者の不利益になるのでは

これは否定はしません。

江草がこうした問題提起をすることで、優秀な人材の医学部進学の意欲を削ぎ、結果として患者さんの不利益になるかもしれません。

 

確かに、社会に利益のあることだからとして、「ちょっと若者をだまくらかしてでも誘い込む」というのは、現実、世の中で頻繁に行われていることでもありますし、功利主義的に考えればある程度容認しないといけないことなのかもしれません。

 

しかし、江草が青いのかもしれませんが、どうも性格的にそれが嫌なんですよね。

既知のデメリットはちゃんと既知のデメリットとして提示した上で勧誘しないと、先達として誠実な態度ではないと思うのです。

 

といっても、これも結局のところは、江草自身の免罪符というか、「わしはちゃんと言ったからな」という自己弁護、自己満足でしかないのかもしれないですけれど。

 

医師偏在の対案を出せ

もしかすると、本稿について、働き方を強制されることに対する文句ばかりで医師偏在に対する対案がない、と批判される方もいるかもしれません。

ただ、申し訳ないのですが、本稿に関してはこのタイプの「対案を出せ」批判の対象にはならないのです。

 

なぜなら、本稿は直接的な医療界の制度や文化に対する批判ではなく、これから医師になろうという若者たちに対して医療界の動向や現状をお知らせし、警鐘を鳴らしているに過ぎないからです。

今回「対案を出せ」と言われるとすれば、「偏在対策の対案」ではなく、むしろ若者たちからの「じゃあ、医学部進学以外の対案を出せ」という話でしょう[4]これに関しては、江草が医療界以外の動向に正直詳しくないので、簡単に他のオススメを提示できないのは事実です。申し訳ありません。

 

とはいえ、もちろん医師の地域偏在や診療科の偏在が喫緊の課題として存在していることを否定するものではありません。

そして、現行の専門医機構の提示する案に、江草が批判的な立場であるのも事実です。

しかし、本稿ではこの議論を扱うのは趣旨から外れますので、これはまた別の機会に語るべきことかと思います。

 

 

おわりに

というわけで、長々と「これから若者たちが医学部に行くのはオススメできない理由」を述べてきました。

できる限り、丁寧に語ったつもりですが、いかがでしたでしょうか。

 

ちなみに、本稿では「医学部に行くのをオススメできない理由」というネガティブな側面しか提示していません。

これはもちろん、江草が「医学部に行くのをオススメする理由がない」と考えているわけではありません。

 

良い面を提示しなかったのは、一つには、医師という仕事の良い点については、多くの先生方が各所で数多く述べられていますし、ここでわざわざ提示するまでもないと思ったからです。

 

そして、もう一つには、これだけのネガティブな言説をまとめて聞いてもなお医師を志す者だけが医学部に来るべきではないかと思うからです。

実際、医学部のキャリアを歩むのは、それだけの覚悟が要る環境ではないでしょうか。

 

だから、「医学部に入るのはオススメできない」と言っても、「医学部に入るな」と言うつもりは毛頭ありませんし、ましてや、医学部に入る者を非難する意図は全くありません。

 

ただ、外部からはあまり見えないであろう医療界の現状について、正直につまびらかに述べる者があった方が、これから医師を志す若者たちにとっても、彼らを受け入れる医療界にとっても、結果として双方ともに良いことだと思うので、本稿を執筆しました。

 

まあ、こんなインターネットの片隅の弱小ブログが何を言ってるんだと言われるでしょうけれど、それでもなおこういうことを書き記すのが、江草の医師としての矜持、そして趣味なのです。

 

 

以上です。ご清読ありがとうございました。

 

脚注

脚注
1 【参考】厚労省pdf資料:https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000589738.pdf
2 ここでいう5都府県とは東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、福岡県を指しています
3 ただし、ティール組織が必ずしも医療界に向いてるとは思いませんが
4 これに関しては、江草が医療界以外の動向に正直詳しくないので、簡単に他のオススメを提示できないのは事実です。申し訳ありません。

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