『Dark Horse』読みました。
Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代

流行ってそうな自己啓発本はとりあえずチェックするタチなので、あまり深く考えずにポチっただけだったのですが、これはなかなかおもしろかったです。
一言で言えば、「標準化された成功」を批判し、「それぞれ自分らしい個人の幸福を追求しよう」という本。
タイトルになっている「Dark Horse(ダークホース)」とは標準的な成功コースでない型破りな成功を成し遂げた人たちを指してます。
たとえば、大学教授になるには、中学、高校と受験勉強を頑張った後に大学へ進学して、博士号を取って、研究を続けて成果を出してという一本道のコースを多くの人は想像してしまいます。
けれど、世の中にはそういうコースを取らない成功者が居るし、なんならそうした「ダークホース的な成功戦略」の方がむしろ正しいというのが本書の主張になります。
「個人が多様なのだから成功の道筋も多様にならざるをえない」というわけですね。
この「ダークホース的な成功戦略」については、
本書で書かれている「ダークホース的な成功」への過程は以下の通りだ。
トッド・ローズ;オギ・オーガス.Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代(三笠書房 電子書籍)(Kindleの位置No.55-60).三笠書房.Kindle版.
1 自分の中の「小さなモチベーション」を見つける(Chapter2)
2 一般的なリスクは無視して、自分に合った道を選ぶ(Chapter3)
3 自分の強みを自覚したうえで、独自の戦略を考え出す(Chapter4)
4「目的地」のことは忘れて、充足感を今抱いているか自問する(Chapter5)
というように具体的にメソッドも示されてます。
それぞれのメソッドの細かい解説は本書を読んでいただくとして、読んだ印象としては、それぞれ理にかなってるし納得できる良い提言です。
なにより、読者にやってみようかなと思わせる、ほどよい難易度設定のステップになってます。
自己効力感をもたせて、実行するための奮起の気持ちを抱かせるのは自己啓発本にとって大事なことですからね。
といっても、こうした個人指向の成功戦略のススメ自体は、近年でも『ORIGINALS』や『ONLYNESS』といった類書が出てた主張でもあり、さほど珍しいものではありません。

一つの道に専門集中する戦略に対する批判も『RANGE』がやってましたね。
こうしてみれば、本書はよくある海外輸入型自己啓発本の一つでしか無いとも見えるかもしれません。
ただ、本書『Dark Horse』は終盤(Chapter6以降)に急展開があって、突如として「才能論」を語る熱い思想書に変貌するのが特徴的なんです。
具体的には、世にはびこる能力主義の欺瞞への批判と、その社会的代替案の提案がなされてます。
こうなると、もはや自己啓発本の枠組みには収まりきっておらず、同じく能力主義を批判して未だに本屋で平積みになってるマイケル・サンデル『実力も運のうち』の類書でもあるという不思議な本になってます。

また、最終盤に出てくる「人生に充足感を得た者は社会に対して恩返しをしたいと自然と思うようになる」という本書の主張も、性善説を高らかに謳った『humankind』的でさえあります。
このように、一読すればいろんな要素の話を堪能できる、一粒で何度もおいしい贅沢な本になってます。
自己啓発部分のメソッドも良かったですが、社会への提言部分の文章もよく練られています。
特に、本書内で何度も語られてる、「才能の定員制」への批判は鋭いものがあります。
われわれは無意識に、おそらく有名な教育機関に入学する学生数の少なさは、国民全体のなかの才能ある人々の数になんらかの形で対応しているのだろう、と推測する。しかし、実際のところは、こういうことだ。
トッド・ローズ;オギ・オーガス.Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代(三笠書房 電子書籍)(Kindleの位置No.2919-2945).三笠書房.Kindle版.
このような有名大学のどれひとつを取っても、入学志願者を査定することなく、先に定員数を決めている。たった一通の願書すら見ずに、どの有名な学術機関も特定の数字を念頭に置いて入学選考のプロセスを開始する。
この数字は、志願者たちのクオリティに基づいて増えることも減ることもない。さらに突き詰めて言えば、こうした大学は入学する資格をもった志願者をすべて受け入れることはなく、ただ、あらかじめ決めた数の学生だけを受け入れるのだ。
別の言い方をすれば、大学(われわれに機会を提供する最高機関)は「才能の定員制」を強要しているということだ。
(中略)
しかしこれは、大学が何人の才能のある人がいるかを知る前に、才能を開花できる可能性のある人の数に上限を置くことを意味する。つまり、何人の志願者が才能を持っているかは重要ではないのだ。大学は自ら決めた定員に縛られているのだから。
(中略)
ごく少数の人しか成功する潜在能力を持っていないのは、人間の不変的な本質であるかのように見える。なぜなら、ごく少数の人が才能を開花させるところしか目にしないからだ。確かに、特別な人だけが才能を持っているように見える。しかし、それは錯覚に過ぎない。
標準化されたシステムのもとでは、経験則として才能が稀だというわけではない。才能は、組織の規定によって、稀なのである。
「能力がある者を入学させる」という前提を掲げながら、「どうして入学定員が固定的なのか」「大学が本当に大事してるのは能力ではなくて定員ではないか」と。
こう言われると確かに変な話なんですよね。
少なくとも、試験に際し明確な一定の基準を示して、たとえ物理的な定員の限界があったとしても、その基準を超えた者には、ただ不合格の烙印を押すのではなく、基準をパスした証明を与えるべきという本書の主張はもっともと言えます。[1]この問題の実務上での解決策に「くじびき」が提案されるのは、まさにマイケル・サンデルと一緒で面白かったです
要は、こうした定員主義は別に「才能」に最大の関心を持っているわけではなく、体制や予算の規模を一定に維持したいだけの方便となってるんですよね。
多様な個人を前提とせず、標準化された平均的な個人を前提として、定員という一定のサイズを持った「塊」で運営する方が、管理が楽で都合がよく効率的だから。
実際、日本の医学部においても、年々過熱する受験戦争、現場からの医師不足の訴えにもかかわらず、定員拡充の動きは鈍いものがあります。
「医師になる人材には高い能力が求められるから厳選せざるを得ない」などと語られるものの、単純に管理や予算上の都合を優先してるだけなのではと考えてしまうのは、穿った見方でしょうか。
もちろん別に「悪意があるだろう」と責めてるわけではなく、現実として難しい面が多いのも理解はしています。
ただ、多くの体制が現状の定員制や能力主義を疑わず当たり前として考えすぎではという話なんですよね。
本書は、こうした「才能の定員制」の批判を通して、「特別な人間だけが、才能をもっている」から「すべての人間が、才能をもっている」へと、才能観の変更を読者に促してきます。
こういう「常識を疑う思索」はほんと刺激的で面白いですね。
まとめます。
本書は個人に対する自己啓発だけでなく、才能に対する社会の見方の「コペルニクス的転回」をも図る意欲的な書と言えます。
本書の提唱する、平均的で標準化された個人像から来る「機会均等」ではなく、多様な個人を前提とした「平等なフィット」という考え方は素晴らしく魅力的だし、一考する価値はあると思います。
自己啓発本と思って適当に手にとったら、社会への熱い提言にまとまる特異な本だったので、大変に面白かったです。
他にも、本書は構成が面白くて、冒頭にいきなり日本語版解説が入ってたりしてます。面食らいました。
このあたり、あえて「標準的な方法でない構成」で攻めてくるあたりがまさに「ダークホース」的で良いなと感じました。
以上です。ご清読ありがとうございました。
Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代

脚注
↑1 | この問題の実務上での解決策に「くじびき」が提案されるのは、まさにマイケル・サンデルと一緒で面白かったです |
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