おはようこんにちはこんばんは、江草です。
今日は昨日の記事の続きで、個人的2020年読んで良かった本【経済のあり方部門】【教育のあり方部門】の紹介です。
↓前回記事はこちら

経済のあり方部門
今年2020年は、感染予防と対比する形で経済政策をどうするかも大いに議論された年になりました。
もとより医療費をどうするかを巡って医療業界も経済のあり方の議論を無視できない立ち位置にあります。
江草的にそうした経済のあり方を考えさせられた3冊をピックアップします。
経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策
まずは「経済政策で人は死ぬか?」です。
先日の記事でも少し触れましたが[1]https://exaray.blog/not-only-for-the-elderly/、増え続ける社会保障費に対し削減を求める財政緊縮策は根強い人気です。
そんな中、不況時においてもあえて医療や福祉にお金を回す財政刺激策を取る方が、健康被害が少ない上に経済も早く回復することを指摘した書です。
もちろん手放しで全て受け入れていいわけではありませんが、ソ連崩壊やギリシャ危機など実際の事例をもとに丁寧に論証しており、それなりの説得力をもって財政刺激策を支持する本書は、今後の議論において重要で無視できない存在ではないでしょうか。
これも以前noteで書評を書いています。

負債論

だが、ここにはより根本的な問題があった。負債は返済されねばならない、という前提そのものである
「負債論」
次は「負債論」です。
「ブルシット・ジョブ」の故デヴィッド・グレーバー氏の代表作の1つ。
とても分厚く、お値段も高い本書。ボリュームたっぷりなので、正直言いますと、精読はまだ半分程度までなのですが、とても面白い最高の一冊です。
本書では、「負債」という概念が人類にとってどういう存在なのかを、神話や歴史まで紐解きながら見ていく長大なアドベンチャーが体験できます。
個人的にグレーバー氏が慧眼だなと思ったのが、人間関係を「貸し借り」や「交換」にすぐに結びつけようとする人の性(さが)を見出したことと、負債を返さない、あるいは返せない者に対して人がいかに残酷になるかを指摘したことですね。
普段当たり前に私たちがやってることが、言われてみれば、不思議と残酷な思考形式になっていることに気付かされます。
厳密には経済学の書というものではないのですが、国債をどう扱うかで激しい議論が行われている昨今、「そもそも負債とは何か」を考えるのに必読の書と言えます。
目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】

最後は「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室」です。
インフレ率に注意しつつ国債で財源を積極的に賄おうとするMMT派の論者中野剛志氏による一般向け啓発書です。
MMT派の主張がとても分かりやすく書いてあって興味深く読めました。素人がMMT派の主張を聞いた時にパッと思いつく疑問点にビシバシと明快に回答しており心地いい限りです。
いわゆる厳密な経済学専門書というわけではないので、本書の主張は割り引いてみないといけないと思いますが、少なくとも素人レベルで反論するのは一筋縄ではいかないことは伝わってきます。
正直なところ、江草もMMTには関心を示しており、今後の経済政策案として妥当なのではと思っている一人ではあります。
ただ、どちらかというと経済学的に合理的だからというよりは、「負債論」のような人類学的・哲学的観点からその考えにたどり着いた方なので、経済学的な視点での主張の論拠を一般向けに整理された本書はとても助かりました。
MMT派の考え方をサクッと知りたい方にはオススメです。
教育のあり方部門
昨今、医師のキャリアプランにおいて、専門教育を制度化した新専門医制度が無視できない立ち位置となっています。
制度の未熟さや矛盾の多さから反発する声も多い中、専門教育の必要性を旗印に専門医制度が強引に押し進められています。
専門教育の意義について今一度見直すべき時期ではないかと感じます。
また、医療界以外でも、少子化にも関わらず受験戦争はますます熾烈を極めているという矛盾した状況を耳にします。
こうした問題を背景に、教育とはどうあるべきか、江草が考えるヒントをくれた3冊を紹介します。
教養の書

まずは「教養の書」です。
「論文の教室」を書かれた戸田山先生の著作です。おそらく、「論文の教室」には多くの学生がお世話になったことがあるのではないでしょうか。
戸田山先生らしく、ユーモアを交えながら、面白く「教養とは何か」「教養の意義は何か」を紐解いていきます。
大きな視点を持たせる教養教育の軽視が進む大学環境を憂いつつも、学問や教育に対する先生の強い愛が伝わってきます。
今年の江草の知的活動の原動力をもらった、エネルギーを感じる一冊です。
大学教育について

次は「大学教育について」です。
こちらは、有名なジョン・スチュアート・ミルの著作で、古典ですね。
先の戸田山先生がミルを評して「その時代の全ての知を把握することができていた最後の人間」と呼んだ[2]その時代以後は人類の知の拡大でいかなる天才でも全ての知を把握することはできなくなったとのこと、19世紀のスーパー偉人です。
大学の学長就任挨拶の講演の内容を書にしたものとのことなんですが、ひたすら長いです[3]本として読む分にはそこまででもないのですが、スピーチでとなるとびっくりする長さです。
それでいて、さすがの「全てを知る」偉人ミルだけに、文学や科学だけでなく、道徳や美学に至るまで幅広い学問に対し言及しています。しかもそれぞれが熱く深いのです。
そして何より、がっつりのっけからミル大先生は一般教養の重要性をかなり強調しているのが印象的です。
有能で賢明な人間に育て上げれば、後は自分自身の力で有能で賢明な弁護士や医師になることでしょう。専門職に就こうとする人々が大学から学び取るべきものは専門的知識そのものではなく、その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く一般教養(general culture)の光明をもたらす類のものです。
「大学教育について」
読んでいると、「専門教育を強化して役に立たない教養教育は省いていいよね」と簡単に考えている私たち現代人に対する偉大な先輩からのお怒りの言葉が聞こえてくるようで、苦笑いが止まりませんでした。
教育の初心を考えるのにこの古典の名作は欠かせないのではないでしょうか。
大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学

最後は「大学なんか行っても意味はない?」です。
先程まで大学教育や教養の大切さの本を紹介していたばかりなのに、真逆のような本ですが、実際に「大学教育の現状」をとことん批判している本です。
学業で成功するのは良い仕事を獲得するにはいいが、良い仕事をするすべを学ぶ方法としては役に立たないと、私たちは認めなければならない。全員が大学の学位を取ったら、全員が良い仕事にありつく結果にはならず、学歴インフレが暴走するだろう。教育によって成功を広めようとすれば、教育は普及しても成功は広まらない。
「大学なんか行っても意味はない?」
ただ、よく読めば、著者のブライアン・カプラン氏は、あまりに効果があがってない大学教育の内容や、みな良い就職のために良い卒業証書を欲しがってるだけの学歴インフレの風潮に警鐘を鳴らしているだけで、「こんなひどい状況ならいっそ大学教育など推奨するべきではない、一回リセットしてゼロベースに戻せ」と、むしろ教育を愛してるからこその「教育反対論」というのが分かります。
「教育費補助」や、新専門医制度に見られるような「専門教育のさらなる高度化・継続」は、聞こえがいいだけに素朴に支持されやすいですが、現実の教育システムが本当にその大義を果たせるものになっているかどうかは、しっかりと見る必要があることを教えてくれる貴重な一冊です。
この本についても過去に書評記事を書いています。

【まとめ】読書はビタミン
と、色々と今年読んだ本で良かったものをピックアップしてみました。
他にも読んだ本は少なくないので紹介しきれなかったものもあるのですが、今後、折を見て記事で触れることはあるかもしれません。
江草は決して読書家と言えるほど本を読めているわけではないのですが、普段の仕事からあえて離れた分野の書籍を読むことで考えるパワーをもらえる気がしています。
江草にとって読書は、メインで摂取する三大栄養素ではないものの、生きるのにいくらかは摂取が必要なビタミンのようなものです。
来年も面白い本に出会えますよう。
以上です。ご清読ありがとうございました。
脚注
↑1 | https://exaray.blog/not-only-for-the-elderly/ |
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↑2 | その時代以後は人類の知の拡大でいかなる天才でも全ての知を把握することはできなくなったとのこと |
↑3 | 本として読む分にはそこまででもないのですが、スピーチでとなるとびっくりする長さです |
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